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怒りの書評 (1/18)
そこそこ評判なようだし、個人的にも興味のある分野なので、「漢字と日本人(高島俊男著)」を買った。結論としては最低だった。論旨以前に、「こいつに言葉を云々する資格など無いぞ!」という気持ちでいっぱいになった。
@「です、ます」調と「だ、である」調が混じっている。文章技巧としてわざと併用することはあるのだが、この本の場合、併用が何の効果も生み出さず、読みにくさのみを残し、さらには筆者のバカさ加減をさらけだしている。
A唐突に「〜だよね?」とか「〜なんだ」といったなれなれしい口調が飛び出す。堅苦しさを排除しようとしたのが目的かも知れないが、むしろ品のなさや知能の低さを露呈している。
B話に注釈を付けすぎ。編集者の意見に従って…とあとがきに書いているが、話があちこちに飛びすぎていて、文章に流れがない。編集者のせいにしているが、注釈を文章の中に織り交ぜつつ、流れを断ち切らないのは文章家として当然の責務である。
C当用漢字での制限に関し、「だ捕」や「破たん」という書き方をする新聞はバカの骨頂だ、などと、紋切り型でかつ品性のかけらもない言葉の使い方をしている。貴様の方こそバカだ。
……といった具合の代物。およそまともな国語力があれば、こいつの書いた文章は個人サイトの日記よりも酷い文章であることが分かる。こんな大馬鹿者が日本語に関する本を出していること自体に腹が立ったし、こんなアホな本に金を払った自分にも腹立たしさを覚えた(私は表紙で衝動買いしてしまう性癖があるのだが、それが今回あだになった)。書いてある内容も、とりわけ新鮮な物ではなかった。内容が素晴らしければ、多少の文章の酷さは大目に見る寛容さくらいは、私は持っているのだが……。上に挙げた欠点に関して、「わざとそうしているのではないか?」と言われるかも知れない。しかし、わざとならもっと罪は重い。言葉の選び方がどのような効果を上げるのか、全く分かっていないと言う無知ぶりを露わにするだけだからだ。

ドラマ (1/18)
小説やドラマで起こることなんて、現実世界に起こることとさほど変わりがない、むしろ現実の方がより芝居じみていると言うことに気付くと、恋愛系のドラマやホームドラマはあまり面白くないと思えてきた。昔から、トレンディドラマの類はあまり好きでなく、見ても「踊る大捜査線」や「古畑任三郎」のような、うちらの生活では知り得ない舞台での話、或いは話だけでなく俳優の演技が光ったり、笑いの要素があるような物が好きだった。かといって、「リング」のような荒唐無稽な物は好きになれなかった(原作がしょうもなかったし。小説がドラマより下ってのはどうしようもないわ)。ドラマに対しても辛口なのね、わし。というか、最近はなかなか見られないのだけど。

オフ会 (1/18)
1/20まであと僅か。メインディッシュはchihaさんでありましょう。彼の顔を見るのも楽しみですが、ネット上での私と実際の私との間に、どんなギャップが存在するのか(もしくはギャップ無しか)、彼の反応がちょっと楽しみだったりします。もともと自分の出し惜しみをしないたちなので、もし私が暴走したら怯えられる可能性もあり。まぁ、そんなに特殊な人間というわけもなく、どこにでもいる平凡な人間だったりするのですが。妙に知的とか高潔なイメージを持たれると困惑しますので、できれば○○○音頭のようなイメージを持っていただければ幸いです。


きれいごと (1/17)
私のいちばん嫌いな言葉。「人命は地球よりも重い」。自惚れも甚だしい。人がいなくとも地球は存在する。地球が存在しなかったら人類は存在し得ない。どちらが重要かなど、一目瞭然ではないか。

菓子に殉死? (1/17)
お菓子を喉に詰まらせて気絶したブッシュさん。そのまま死んだら、アメリカ歴代大統領で初の快挙だったでしょうに。ビンラディンも悔しがっているでしょうね、死ななくて。記者団に「よくかむこと」と書いたプレッツェルを配ったり、「よくかめという母の言いつけを守るべきだった」などと、冗談でかわそうとしているブッシュの姿は、なんだか痛々しいくらいですな。冗談で済ませたいくらい、恥ずかしいんでしょうな。

束縛 (1/17)
恋人を束縛する人の話というのをよく聞くが、束縛する方は一体どんな心持ちなのか。相手から自由を奪っておいて、幸せな気分にでもなるのかね?親であっても、行動や感情を制限する権利はないと思っている私ゆえ、そのあたりの感覚が全く理解できない。人を人と見ないで、モノと見ているからだろう。相手を無視して自分だけ良ければいいって感覚、恋愛とは程遠いんじゃないのかと思われるが。


われ (1/16)
考えているようで考えてない。考えていないようで考えてる。私はそんな、中途半端な人間。まぁ、自分の意見を持っているのと、まっとうな行動をとる人間かというのはまた別であるし。私の場合、自分の意見も人とは微妙に違うところがあったりするからなぁ…「真面目に生きているのはつまらん」という持論通りに、浪人・留年を経験したり、或る意味考え通りに行動はしているが…。文章のみなら理性的に見えても、行動原理は感情のみだし。いかん、考えれば考えるほど、俺ってダメ人間。

われ2 (1/16)
思ったまま、気付いたままをそのまま表現するので、相手には辻褄が合わなかったり、誤解を受けてしまうことも多少。ただ重要な人間関係の場合、思ったことを抑えて上辺のみでいい関係を続けて行くよりは、誤解を恐れずに自分の思いを発信していった方がよいと思われ。誤解なんか、話をすれば解けるものだし。だから私の場合、自分にとって大切な人間であればあるほど、言うことが直接的になっていくのですな。どうでもいい人なら、適当な対応で切り抜ければいいし、どうでもいい人相手に角を立てるほどお節介ではないし。
そういう意味では、万人に同じ態度をとるような聖人君子ではないのだな、わし。

悩み (1/16)
同じ状況下にあっても、人によっては試練をプラスに捉え、自分を向上させるいい機会と捉えるだろうし、逆にそのような状況を恨めしく思う人だっている。人から見れば幸せな状況であっても、不幸への不安を考え出せばキリがなく、幸せな中に悩みを思う人だっている。失敗や苦労をマイナス状況と捉えるかどうかは、結局その人の主観であり、とことんプラス思考の人は、普通どんな人でも悩むような状況すら「つらい」とは思わずに乗り切ってしまったりするのだろう。私はプラス思考ともマイナス思考とも言えず、人がマイナスに思うことをプラスに考えたり、人がプラスと思う状況でマイナス要素を考えたりする。結局、悩みというのは状況が作り出すものではなく、状況判断の上で人が主観で生み出すものなのだろう。


年齢 (1/15)
年齢を気にする感覚が理解できない。いや、女性が年齢を気にするのは半ば本能のようなものだろうから、その部分は責める気はないが…。自分より年上でも、まわりへの想像力や社会常識を欠いた人間は存在するし、逆に年下でも自分よりよっぽどしっかりした人間は多く存在する。結局は生まれてからの年数を表す数字なだけで、人格を見る上では何の必要性もないものだ。自分より上か下かで、敬語を使うべきかどうかの問題があるから、その意味では気にすることもあるが、興味本位で年齢を気にすることはほとんど無い。だから、人の年齢を気にする人間の感覚も分からないし、自分の年齢を気にする感覚も理解できない。まぁ、ネタで自分の年齢を使うことはありますがね。

成人式 (1/15)
成人式、暴れたいヤツは暴れればいい。荒らしたかったら荒らせばいい。ただ、そういったヤツは容赦なく逮捕し、容赦なく罰を与えればいい。人から与えられたモノ(金や場所)で傍若無人な振る舞いをするのは、結局甘えだ。理念があってやるのなら問題はない。覚悟がないのにそういった行動をするのは許せないが、覚悟があればいくらでもやればいい、それだけの話だ。

関心 (1/15)
二つ上の話とかぶるかもしれんが、私は人の年齢や顔、職業や学歴なんかにはあまり興味がない。「人に感心がない」と言われることもあるが、確かに人の表面上の問題には何の関心もない。ただ、人格には興味を持っているつもりだ。それでも人の好き嫌いはない方で、むしろ嫌いな人間はこの世に数人しかいないのだが、感情ではなく、客観的に人を見てしまう傾向があるのですな。だから、人を嫌う前に無関心になってしまい、それが「人に感心がない」と言われる理由なのかもしれない。まあ、よほど酷い行動をとられない限り、そして向こうから離れていかない限り、そんな心境にはならないのですが。
別に、腹が立つ行動をとられても構わないんですな、その場でちょっと怒るくらいで。ちゃんとした考えがあって動いていたかどうか、そしてその失敗をちゃんと受け止めているか、気にしているのはそれだけですわ。


急変 (1/14)
とあるサイトでの話だが、或る機会までは仲良さげな雰囲気を出しておいて、もう会うこともないだろうと分かった瞬間に態度が急変する人間を見て、イヤな気分になった。そういうのを、いい言葉を使えば社会性というのだろうが、そんな建前で生きている姿が見ていて腹立たしい。非常にいい文を書くし、考え方も他とは違って個性的な視点を持っているなと感心していた分だけ、ちょいとショック。直言居士は基本的に好きなのだが、抑えているときとの差が激しいと、そしてその原因に計算が見え隠れしていると、なんともいや〜んな気分になりますな。

戦争 (1/14)
「スターリングラード」をビデオで見た。戦争の描写に関しては、なかなかなものですな。プライベートライアンっぽくも感じましたが。うちの母親も一緒に見ていましたが、銃弾に倒れていく兵士に対して「かわいそう」などと言っていた。確かに、駒としてのみ使われる兵士は哀れかも知れない。ただ、人の命が命として扱われないのが戦争なのだ。感情としてのその気持ちは理解できるが、戦争の描写としては、淡々としていて非常に好感が持てた。ことさら美化する必要はないだろうし、ことさら悲劇化することもない。昔の弓矢を使った戦争の時代ならともかく、近代戦においては兵士のレベルに男の美学など存在することは不可能に近いだろう。となれば、戦争においては人の命がモノとしてのみ扱われ、そこに感情の挟まる余地などなかったのだ。悲惨であり、儚さがあり、醜くもあり、目を背けたくなるような状況。そんな状況がそうでなくなってしまうような部分が戦争の怖さであり、感情を抱くべき部分が失われてしまうのが近代戦の恐ろしさなのだ。「かわいそう」という感覚は上辺のみを見ているから発生するものであり、そういった感覚を覚えるべき部分で覚えなくなってしまうことこそが、戦争の狂気だと認識せねばならない。存在していたのは、感情ではない。事実のみなのだ。

サイト (1/14)
i-mode系のサイトをサーフィンしてみた。思ったのが、サイトを立てた理由がいまいち分からないところが多いこと。いや、別に「作りたいから作った」でもいいのだが、日記を1行・2行で済ませているだけで、あとは掲示板のみ、なんてところが多かったりした。それを考えると、うちのサイトにいらっしゃる方は、かなりしっかりした方ばかりだなと再認識。
携帯系のサイトは、その容量の問題などから基本的に掲示板がメインと考えていいだろう。となると、掲示板以外の部分でいかに個性を出すか、客引きをするかが重要になってくると思われる。コンテンツメインのPCサイトよりも、逆説的に掲示板以外の部分の重要性が問われるわけだ(勿論、掲示板のみで個性を出していくと言うことも可能だが、それを成し遂げるのはものすごい才能、そして運だと思う)。反応のしようがない日記……そんなもの個人で勝手につけてろや、と言いたくなるものもたくさんあった。
まぁ、これはPCサイトにも同じことが言えるのでしょう。HP作成ソフトが進歩し、誰にでもサイトが作れるようになった時代。自分が何を考えて作っているのか分からないまま、とりあえず開設しましたみたいなところが多い。おそらく1〜2年もすれば淘汰されていくのであろうが、私が普段行くサイトが、そういった部分はしっかりしていた分だけ、いろいろ回ってみてそのレベルの低さに愕然とした。別に目的意識がなくたっていいのだ。力が入っている部分があるかどうかが問題なだけで…。そして、このことは常に自分に自問している内容でもある。


秘密 (1/13)
人には分からないであろうことを、自分は知っているという優越感。人は普通に受け止めるだけだけど、自分だけは何のことを行っているのか分かってしまう、その時に感じるうれしさ。内輪受けのネタなんかもそれに当てはまるかも知れない。人間は元来、秘密好きな生き物なんでしょうな。

作曲 (1/13)
人物をモチーフに曲を書く。これ、その人の人生を代弁して表現するわけだから、よほどの覚悟がないとする気にはなれない。今作っている曲はそれをやっているから、なかなか進まない。モチベーションをかなりあげないと、モチーフの大きさに圧倒されてメロディが萎縮してしまう。軽い気分で題材を選べば、軽い気分で作れるのだろうが。構想と原作詞(私は曲をかくまえに簡単な英詩を書く)だけが出来ている、第二次世界大戦をモチーフにした楽曲も、テーマを考えるとなかなか作曲に踏み出せない。
何も考えずに「曲を書く」だけなら、一日あれば作れる自信がある。だが、曲に命を吹き込もうと思うと、それこそ自らの精神をすり減らす気持ちで臨むことになる。そして自らの小ささを再確認し、大きな壁に対して立ちすくむこともしょっちゅうだ。素人でも素人なりに、考えてるんだい!

甘党 (1/13)
私は甘いもののためなら、神にも屁をかます男。


読解 (1/12)
文章・言葉はその人の人格・考え方を良く表す。しかし、それは「文章そのもの」に考え方が現れているからではない。全く悩みを綴っていない文章からも、背後にある悩みを推測することが出来る場合もあるし、とても明るい文面なのに妙な寂しさを感じたり、反省や悔悟の言葉が並んでいても裏にある無反省が覗けたり…。表面に気を取られていると、本質を見誤ることもある。いつもそれが見破れるわけではなく、むしろ気付かないことの方が多かったりするのだが。顔の表情が分からない場合の言葉の読解は難しい。

モチ (1/12)
私はかなりの餅マニア。当然今日も食った。一度に5個くらい平気で食べる。しかしそんな私も、夏には餅を食べる気にはならない。アイスクリームを冬に食べることに喜びを見いだしている私だが、夏に餅は食わない。今年の抱負がもう一つ出来た。「夏に餅を食う」。

長いな… (1/12)
 私の意見は、私の中ですら完全なものではない。理屈通りに何でも行動できるものではないし、状況の文脈によっていくらでも解釈は変わるからだ。だから、自分が書いたことであっても、場合によっては反対したくなる意見だってある。核の部分は変わらなくても、そのまわりは流動的であるのが人間の考え方というものだろう。その意味では、私は案外いい加減に意見を吐いているだけかも知れない。だから、一見非難に見える言葉であっても、実際に或る個人に向かって批判をしているつもりは毛頭ないし、更に言えば私は人に対する好き嫌いがほとんどないほうである。悪い言い方をすれば無関心ということかも知れないが、人の欠点を認識しても、それが即その人への対応の変化につながるかと言えば、答えはNOだ。自分の意見に対しても流動的態度をとっているのに、他人に対しての態度を固定させられようはずもない。
 そんな性格だから、元は個人への怒りであっても、意見として出しているうちにそれは一般化され、「個人」への怒りと言うよりは「そういう類の人間」への怒りに転化してしまう。個人への怒りも、長くて三日あれば引いてしまう。
 逆に、人に対して一旦好意を持つと、その人にかなり酷い仕打ちを受けない限り、その気持ちは変化することはない。一つ二つの欠点や失敗で見方を変えるほど、ガキではない。この点だけだ、私の中で固定化された考えと言えるのは。
 断言しよう。もとは個人へ対する感情だったとしても、ここに書かれた時点で特定個人への感情というものは消えてしまっている。それがネガティヴに捉えられるものであればなおさらだ。政治家への意見のように名指しで批判をしている文でも、実際にその政治家をこころから嫌っているかと言えばそれほどでもない。日本の政治家の腐敗ぶりなんてたかが知れているし。アメリカ嫌いの話もそう。確かに私はアメリカを好きではないが、アメリカ製品の不買運動をするほどには嫌っていないし、そんな暇人でもない。
 まともで固定化された意見なら他のコーナーで書く。あくまでこのコーナーは、「雑文」だ。


実感 (1/11)
久々に友人とカラオケに行った。Dream Theaterの「Another Day」を発見したので喜び勇んで歌ったが…実際に歌ってみると、音域の問題だけでなく、メロディを表現するのがものすごく難しい歌であることが実感できた。さすが、鶴太郎顔なだけじゃないんだね、ラブリエちゃん。

突破 (1/11)
10000Hitを超えました。何より、読んで下さる皆様に感謝であります。しかし、大台に乗ったからと言って何か変わるかと言えば、そんなことはなくいつも通りであります。多くの人に来てもらってヒットサイトにしようという考えもないし。もしその気があれば、2ちゃんにURLを晒して掲示板を閉鎖すれば問題ないし。かといって、あまりに来客が少なかったら、それはそれでへこむのでしょうが。大台に乗ったのを機に新コーナーを作ろうかとも思いましたが、今あるコーナーの更新が滞っているのに、そんなことをしたら罵声や怒号が飛び交いそうなのでやめ。大台突破、やるこたぁ同じ。

治虫 (1/11)
たしかに、ブラックジャックや火の鳥の一部は面白い。けど、死んで神格化された人のような気がする。ストーリーマンガの原点を作ったという意味では評価されるべき人なのだろうが、マンガの質自体がものすごく優れているようには思えない。全盛期の少年ジャンプとは比べものにもならないと思う。彼の未来像は、今言われているほど先取りしたものでもないし、卓見というものでもない。実力を超えて伝説を作られてしまった人と言うことだろう。他にも多いがね、死んだら実際以上の評価をもらってしまった人。


情報 (1/10)
片方からの話では真相など分かるべくもない。特にその人間が、自分のことばかりを話題にしている場合、他方を悪者扱いしている場合、それが幸せな話ではなくどちらかといえばつらい話である場合は。ともすれば同情しがちになってしまうが、人を傷つけて平気な人間はそういるはずもなく、必ず双方が傷ついているはずなのだ。アメリカの戦争ですら、情報の偏りを考慮に入れねばならない。ましてや人間個人の問題なら、客観性が薄れている分、なおさら客観的な情報認知が必要だろう。

名曲! (1/10)
「もぐらの巣」にも貼りましたが、早くも私の中では「2002年のネット大賞(なんだそりゃ?)」の最有力候補であります、このサイト。もとは2ちゃんでの非常にアホな祭りが原点ですが、そのスレの74が自作でmp3ファイルにした「○○○音頭」。これ、CD発売したらかなり売れると思われるんですが…今年の花見や盆踊りはこれで決まりだな。女性は、見ないことをお奨めしますし、セクハラと訴えられても聞く耳持ちませぬ。

体型 (1/10)
「何が食べたい」というような食欲は全く湧かない。目の前に食べ物が存在していないと、食欲が出ない。食べようと思えば大食いもできるが、基本的に小食。のわりには、脂肪の付きが気にかかる。吸収しすぎなんでしょうかね、わしの消化器系。去年よりウェストが6cm減ったからまだマシになったほうだけど、この年齢でこの体型じゃ、先が思いやられるのう。赤ちゃんみたいな体型から脱出したい。


トイレ (1/9)
普通の成人だと、二時間に一回の頻度でトイレに行くようだと、何らかの異常があると考えていいらしい。私の場合、それどころではなく、酷いときだと30分に一回の割合なんてこともある。糖尿でもないし、何か病気であるということもない。夜トイレに行くために起きると言うこともない。勿論、おねしょなどしない。茶の飲み過ぎが原因のような気もするが、一日に1リットルも飲んでいない。
これで困るのは車で出かけるときで、この症状のせいで、私は近辺の公衆トイレ事情にやたら詳しくなってしまった。公衆トイレの事情通…イヤな肩書きだな。

過去 (1/9)
過去を変えることなど出来るわけもなく、いくらつらい過去であっても、それを記憶から消すことはもしかしたら可能かも知れないが、経験した事実としては決して消えることはない。その経験が元となって、現在の考え方や感情が存在しているのだから、必要なのは忘れることではなく、受け入れることだろう。過去の経験を元にして自分がどう変化したか、どう成長しているかが問題だろう。目をそらすのではなく、それと向き合うことが出来たとき、はじめて前進できたと言えるのではないか。

理論 (1/9)
北朝鮮の不信船を沈めたことに対して、アメリカのアフガンへの報復戦争と同列に扱って非難している意見を見かけた。第一線で活躍するジャーナリストを自認している輩か、気の利いたことを書いているつもりのド素人のどちらかが多いのだが、原則論と実際の論理運用をわけて考えていない。基本原則のみで物事を捉えようとする頭の固さを露呈しているだけ。理屈は100%対応ではない。悩んでいるときに状況を簡素化するのは必要だが、論説や批評で同じようなことをされても困る…と、1/8付けの朝日新聞の辺見庸の文の後半を読んで思った。

和食好き (1/9)
洋食系の店でも、可能ならば和食を頼むのが私の生き方。お箸の国の人だもの。というか、未だに箸を正しく持てないけど。


風邪 (1/8)
日曜の朝は容赦ない咳のラッシュで幕を開けました。結核患者かと見まごうほどのせき込み具合に、「あぁ風邪の季節が来たなぁ」と風流な心持ちも覚えつつ、とりあえず市販の風邪薬を一服。普段効かないくせに、今回だけは効力を見事に発揮したのか、月曜になれば風邪の様子はほとんど無し。知らずのうちに風邪への最強の対処法を編み出したのか、本当に薬が効いたのか、それとも「バカは風邪ひかない」の理論を見事に立証したのか、謎でありますが、皆さん風邪には気を付けましょう(そんなオチかい?)。

キャラ (1/8)
私は元来がいい加減な性格であり、几帳面という言葉とはほど遠い人間ですが、過去の世迷い言を読み返してみると、堅く几帳面で神経質な人間性が浮かび上がってくるようで、文章というものは大きな力を持っているな、と感じたりします。他の雑文系・日記系サイトを見ますと、筆者自身が自分のキャラを考えて文章を書き、それが成功しているところがあったり、逆に自身のキャラにはそぐわない文章をいきなり書いて、それで意外性を出せればよいものの、おもいきり失敗していたり。文章におけるキャラ立てというのは、文章の魅力を引き立てることもあれば、逆にそれが足かせとなったりもする、諸刃の剣だったりします。私の場合、もともとキャラ立てなど考えず、思ったままを文にしているのですが、文体の硬さが実際の人格と少し乖離している傾向があるあたりは、失敗と言えなくもない気がします(逆にそれが個性となって、成功と言うことも可能でしょうが)。まぁ、よく見てもらえば、アホな文も結構ありますし、この食い散らかし具合と文章の二重人格具合が、うちのサイトの持ち味とも思えるのですがね。まぁ、うちと同じような感じのサイトがあったら、見てみたいって気分ですわ。きっとイヤなサイトなんだろうねぇ…。

自己分析 (1/8)
考えなくてもいいと思われることを思い悩み、考えるべき所では開き直る。状況が良くなるとマイナス思考を始め、悪い状況下だとプラス思考に走る。思考回路まであまのじゃくな拙者。


CDケース (1/7)
CDケースにうまくCDがはまらない、そんなCDが増えてきて困っています。今のケースの形式だと、一回円の中心部分の留め金みたいなものが弛むと、終わりですからな。何か新しい方式のCDケースの出現を求む。

PCゲーム (1/7)
思えば、昔のPCゲームは、ゲームが出来る状態では市場に出ていなかったんですな。雑誌などに付いているプログラムを自ら打ち込まねば、ゲームが出来なかったんです。それが15年ほど前の話。ゲームがある程度普及して、ソフトの状態で売られるようになっても、マウスを使ってゲームなど夢にも思わず、16色のグラフィックで満足していた時代。これが10年ほど前の話。やがてマウス対応のゲームが増え、HDDを使ってゲームするようになり、CD-ROMでソフトが売られるようになって驚いた、これが5年前の話。今はゲームを殆どしなくなりましたが、手軽にPCが扱える現在を思いつつ過去を振り返るに、隔世の感がありますな。

GIジョー (1/7)
上のタイトルに合わせてみたのだが、何を書いたらいいのか、詳しくないのでボツ。

DCカード (1/7)
もうやめろって?


交通安全 (1/6)
交通安全の祈願で有名な某神社に行った知人。お参りが終わり、駐車場に戻ると、上から降ってくる何らかの物体。その物体は彼の車を直撃、窓ガラスが大破。上を見ると、階段の上から3歳くらいのクソガキが石を投げて遊んでいたそうな。……全然御利益ないじゃん。神様なんてそんなもん。

きれいごと (1/6)
抗議団体の行動や抗議デモなどを私が嫌いな理由は、その意見の如何にはない。彼らの多くが、「反対」と叫んでいる時点で思考を止めているから嫌いなのだ。だから、「賛成」の人間であっても、何も考えずに同調しているだけなら同じことだ。例えば、戦争反対は確かに正しいかもしれない。平和であることが、理屈としても感情的問題においても、正しいのには異論を挟む気はない。しかし、歴史は戦争の積み重ねで生まれるものであり、反戦を唱えるならば歴史という概念の転換をも迫ることになり、さらには、歴史を人間の所行の積み重ねと捉えるならば、戦争の否定は人類というものに対する概念・認識をも変えねばならないと言うことになる。思考停止から生まれる反対の声、それをきれいごとと言うのだ。

初夢 (1/6)
今年の初夢は何だったのか、まったく思い出せない。記憶にないということは、大したことない夢だったのだろう。ということは、今年は大した年にはならないということになり、非情にいや〜んな気分。というか、ふと思ったのだが、初夢がエロい夢であるほど虚しいことはないのではないか?いや、その年一年エロエロな感じがして、それはそれでめでてぇか?


明るい曲 (1/5)
何気なく明るい曲を書いてみようと思い、とりあえず1分くらいの短いのを作ってみた。しかし、レコード針がいかれた笑点のテーマみたいになってしまい、ボツ。やっぱ無理したらいかんなということですな。自分の出来る領域、自分の得意分野を伸ばした方がいい、ということでしょう。今までも何回か「明るい曲」にトライしたのですが、自分の納得できる物は一向に造れません。変えられないことはそのまま受け入れるよりしょうがないようです。

ドラム (1/5)
ドラムの難しさは、その難しさが見た目には出てこない部分が多いこと。手数が多ければ上手く見えるのだろうが、実際はバラードを感情豊かに叩くことの方がよっぽど難しかったりする。マイク=ポートノイやテリー=ボジオは確かに上手い。しかし、堅実なプレイを聞かせるティコ=トーレスやパット=トーピーのような人物にも目を向けなければならないだろう。バンドのまとめ役・グルーヴの修正・リズムアクセントの強調など、かなりドラムに注目していないと分かりにくいこれらの役割は、実際はプレイそのものよりも大事な問題だったりする。分かりやすい部分で音楽を楽しむのも一つの楽しみ方。だが、音楽をある程度理解した上での楽しみ方というのも、また存在する。

アレンジ (1/5)
フォークやピアノのみのような単純な構成ならいざ知らず、音楽においてはアレンジがかなり重要な要素をしめる。もの悲しいメロディでもアレンジを間違えば、明るく聞こえてしまったりする。編曲までを自分の領域とするのなら、全ての楽器を(弾けなくてもいいから)一通り研究すべきだろう。人材配置と同じように「適材適所」が重要だ。小説や映画のように、横の流れと縦の繋がりを把握する必要がある。……分かっていても、難しいことゆえ私もまだまだ未熟者なのですが…。

もひとつ (1/5)
今日の世迷い言は音楽づくしになってしまいそうなので、ここでがらりと違う話題を。……と思ったのですが、浮かんだタイトルが「渡辺謙」だったりするので、昨日の「森進一」と同じ状況になりそうで、やっぱやめ。しかし、「壬生義士伝」見たかったのに、うちの地方じゃやってなかった…すんごく評判いいみたいですね。


敬意 (1/4)
簡単に話せる話だったらとうの昔にしているだろう。誰かに助けを求められる悩みであれば、とっくに誰かに話していただろう。ピンクフロイドのThe Wallライヴのように一気に崩すのではなく、一つ一つ積み上げた壁は一つ一つ取り除いていかねばならない。そして、自ら作り出した壁は、自らの手で壊すしかない。他の誰も手の出せない領域。助言は出来ても行動を起こすのは本人の気持ち。しかし、今大きな壁が一つ切り崩された。まだ多くの障害があるだろうが、一歩前進できたあなたに、私は敬意を表する。

森進一ディナーショー (1/4)
とりあえずタイトルから考えたのですが、なぜにこんな言葉が思い浮かんだのか、我ながら非常に謎であります。おそらく4万円位するのでしょうが、というか、ディナーショーの時期は終わってしまっており、話はなかなか続きません。今年の抱負がもう一つ出来ました。思ったままを言葉にするのはやめよう。

 (1/4)
雪だよ、雪。大雪ですわ。しかし、北海道に比べたらこんなのは「大雪」とは言わないんでしょうなぁ…雪が降らない地方は、本当に雪に脆い。除雪の設備が整っていないのもありましょうし、ドライバーが雪での運転に慣れていないと言うのもありましょう。というか、チェーンもスタッドレスも付けずに雪道を走って坂で立ち往生しているんじゃねぇ!まぁ、個人的には雪は大好きなので、雪道の渋滞にも風流を感じてしまい、それほど怒りを感じてはいないのですが…ただ、これも「たまに」あることだからでしょうな。毎日だったら雪を好きにはならんでしょう。しかし、雪は好きでもスキーは嫌い。なんで寒いときにもっと寒いところに行かなきゃならんのだ?……というか、スキー一度もやったことがありません。リフトに乗って滑って…の繰り返しが、刑務所の穴掘りを連想させるし。というか、さっきの「思ったままを言葉にするのをやめる」という抱負を、この文で早くも破っていることに気付き、非常にゲンナリした気持ちです。

またもぐら (1/4)
1/20のオフ会を「もぐらの集会」と名付けたいと思うのですが、ダメですか?ダメですね?ダメだろな。


謹賀新年 (1/3)
あけましておめでとうございます。HPを半年以上続けてこられたのも、ここに来ていただける皆様の存在あってのことであります。これからも、私に文章を書く力をお与え下さいませ。今年もよろしくお願いします。

年末年始は… (1/3)
大晦日から神戸の方へ走りました。つよぴ様、いろいろありがとうございました。また、(作りかけですが)CDの感想よろしくお願いします。実家の母君にもよろしくお伝え下され。神戸を発った後、とって返して愛知県豊橋方面へ初日の出を見るために向かいました。その後もいろいろと動き回って帰ってきたのは夜10時。しかしまた生涯最大の親友に呼ばれましたのでお出かけ、深夜遅くに帰ってきて、また今日昼過ぎから旧友たちとイベント。まだまだ自分は若いということを実感。そして、友人に恵まれている自分に感謝。

初日の出にもの思う (1/3)
客観的に見ればただの日の出、されどなぜか意味を見いだしてしまうような初日の出。区切りや祝い事に無頓着な私ですが、あの太陽を見ると、やはり決意を新たにすることもあります。………えぇ、今年こそは非モテから抜け出したいという、他愛のない決意ですわ。去年も一昨年も同じ決意をしていた気はしますが。

中途半端な予言 (1/3)
今年になってから新聞読んでないので、似非占い師並の予言をば。株価は上半期には横這いか下がる、しかし下半期に少し持ち直し、結局は今とあまり変わらず(多分+3000円まで)。失業率は去年よりわずかにアップ。小泉さんは3〜4月に少し危なくなるが、持ちこたえれば今年は首相のまま。パレスティナは、6月までは和平と決裂を繰り返すが、後半にかなり危険な状態に。アメリカ経済はさらに失速。ヨーロッパがいい塩梅に成長するでしょうな。………あんまりいい予想がないな。多分、アジア(中国・朝鮮半島)と日本もうまいこといかないような気がするし。

 (1/3)
今作っている曲、17分半を超えていますが、ただ長い物を作りたいから作っているわけではないんですな。書きたいモチーフが大きすぎて、どうしても長くなってしまうと言うわけで。今のところ、書きたい内容と自分の作る得意分野とがマッチしているので、「書きたいことと内容が伴わない」と言う悩みを感じたことはこれまでないのですが、逆に言えば明るい曲を作りたいという衝動に駆られたことがないということですが…今書いている物は、本気でつらい思い、悲しい思いをした人なら理解できる部分があると思います。普段は自分の曲に対しては消極的なのですが、今回はかなり気合いを入れて作っていますので、こういう風に宣伝したくなるわけですな。1/20にお会いできる方々には、CDが渡せるよう、頑張ります。


年納め (12/31)
今年はお世話になりました。半年以上続けてこられたのも、訪問される皆様のおかげであります。来年も世迷い言は毎日更新を「(あくまで)目標」に励んでいきます。他のコンテンツもより一層の充実を図る所存にございます。これからもよろしくお願いいたします。

回顧 (12/31)
今年のいちばんのニュースはやはりNYのテロでしょうな。私は完全な不戦論者ではないが、強者の論理という物はあまり好きではない。憎しみが歴史を作り出すことも理解しているし、戦争の積み重ねがそのまま人類の歴史であることも理解している。それでも、その負の連鎖を断ち切ることを希望せねば、負け犬の論理に流されてしまうことになるだろう。不可能であるとは理解していても、それを不可能と断定してしまった時点で思考は止まる。戦争の意味と歴史という概念の定義付けについて、大いに考えさせられた年であった。

回顧2 (12/31)
ネットという世界を食わず嫌いしていた私が、いろいろな不便を感じてその世界に入っていったのは2月のこと。ネットのプラス面を全く知らなかった(というより理解しようとしていなかった)状態ですが、実際にネットを始め、HPを開いて、ネット世界の長所と短所を知ることが出来ました。物理的距離を一気に縮めるという長所は、何者にも替えがたい物の気がします。文章でしか表現できないという難しさ、情報識別能力の必要性など、ネットならではの困難もありますが、精神世界を広げてくれるという点で、「ネット・HP開設」は今年の収穫であったと言えます。


お約束 (12/30)
今年もよろしく。

ならず者 (12/30)
少なくとも日本よりアメリカの方が、北朝鮮へ対する態度は正しいのだろう。金正日がただのブタじゃないことは、去年の南北首脳会談でも明らかになっていることですし、ローテク国家と侮るわけにもいかんのでしょう。過去の戦争へ反省するのは自由だが、それが原因で犯罪国家への対応を鈍らせるようなことがあってはならない。飴と鞭を使い分けられる人間、日本にはいないものかねぇ……田中さんはまた何か変なこと言ったみたいだし。

個性 (12/30)
想像の範疇を超えていない文章だから、不特定多数が寄って来るんだろうし、受け入れられるんだろう。偏っているのは嗜好の分野のみであって、意見が偏っているわけではない。マニアックな物を扱うことで個性を出そうとはしているが、結局は普通の思考回路から抜け出せていない。一般的な事項を扱ってはいても、その思考の部分で刺激的な文章を見せてくれるところは、人知れず存在している。ヒットサイトだから優れている、などということはない。むしろ、ヒットしていないところにこそ、個性あるサイトは存在するのだろう。全てを味方にするのは個性ではない。敵を作ってしまうほどの物が、初めて個性と言えるのだろう。……小サイトのひがみさ。

もうすぐ2002年 (12/30)
あぁもう2001年も終わってしまうのね…しかし、2001年の年越しを迎えるに当たり頭に浮かぶのが、「未だにノストラダムスの予言について書いているサイトってどうよ!?」ってのが、いかにもな我が輩です。なんか、NYのテロもノストラさんが予言していたなんて話も出回っていて、「理論」の「り」の字も知らないアホウどもが騒いでいる様は、見ていて愉快痛快怪物君であります。さて、来年はどんな年になるのか、でありますが、相変わらず堅い意見とアホウなネタをまき散らし、非モテ街道まっしぐらでありましょう。……人生の意味を考えたくなってきますな。


暇人 (12/29)
12/31は、西の方へ出かけますので、世迷い言は一日お休みします。そのかわりと言っては何ですが、元日から世迷い言は書きますので、お許しを。正月でさえ何の予定もありません。クリスマスに予定がないのは非モテのせいに出来ましたが、正月すら暇だとなると非モテ以前の問題の気がしてきました。まぁ、正月休みで帰ってきた友人どもに、急遽召集されるのでしょうが。

偏り (12/29)
偏った意見を見るのは面白い。そればかり見ていると、それが普通の意見に思えてきてしまうが、それさえ気を付ければ、柔軟な発想をするのには非常によいと思われる。極端な意見の場合、目に付くのはその論理の欠点。となれば、その欠点を補うような論理を新しく考え出せば、より真理に近い考えが得られるのではないか。意見は迎合するためにあるものではない。新しい考えを生み出す元であり、自分の座標を明確にするための起点になるのだ。

デンプン (12/29)
もぐら、鵜、ペンギンなど、様々なものを流行させて(?)きましたが、今なぜか語感が気に入っている言葉は「デンプン」。いろんな言葉の頭に「デンプン」を付けると一気にまったりした感じが出ます。「デンプンパソコン」「デンプンネット」「デンプンメタル」「デンプンたれぱんだ」「デンプン侍」……おそらく誰の賛同も得られまい。


振り返るに (12/28)
「2001年HM回顧」なるページを書きました。そこにも書いたのですが、今年の私は新譜を聴いている時間よりも、古いアルバムを繰り返し聞いていたような気がします。私は「いい」と「素晴らしい」の間に厳然たる境界を存在させているので、どうしても物足りなかったのですな。贅沢な悩みかも知れないが、それくらい夢見たっていいじゃない。

ヤマネコ (12/28)
うちの父は自営でボイラー系の仕事をしております。その関係で、うちには時々ボイラー関係の機械が届きます。今日父から母に電話があり、「機械まだ届いてないか?」とのこと。母は宅配の時間を確認するため、クロネコでおなじみのヤマト運輸へ電話。聞こえてくる声を聞くと、「もしもし、ヤマネコさんですか?」。ママン、一体何に電話をしているんだい?

身の程知らず (12/28)
自分の才能を自負するのは構わないが、才能のない人間が自負している姿ほど滑稽なものはない。ないものをあると思いこんでいる哀れさよ。


敗者の言葉 (12/27)
恵まれている人間は、恵まれていない人間のことなど完全には理解できないし、時にはそんな人間をバカにしているだろうし、恵まれていることを当然と思っているだろう。しかし、恵まれていない人間の方が、ものを持たない分だけ、「持つ」ことの意義を深く考えているような気がする。その意味では、恵まれない人間の方が人間性が上ではないのか?

敗者の言葉2 (12/27)
オフ会などで忙しく、有馬の馬券を買うことが出来ませんでした。年に一回、有馬だけは買っていたんです。まぁ今回買えなかったのですが、事前に予想はしてました。しかし……今日になって、有馬の結果を知ったのですが、「買いに行ったら絶対買っておこう」と思ってた馬が来てるじゃないですか…。買っていれば40万円以上手に入れてたと思うと、非常に悔しいですな。なぜそんなアホ馬券買おうかと思ったかと言えば、その2頭はアメリカを表しているんですな(マンハッタンはNYに関係あるし、アメリカンボスはそのまま)。テロ事件のことが頭をよぎり、「来たらおもろいから買っておこう」と思ってたんです……確実に買えるときのみ予想をすることに決めました。

敗者の言葉3 (12/27)
次はバレンタインテロです。爆弾を磨きつつ年を越します。

敗者の言葉4 (12/27)
今夜か明日には「2001年メタル回顧」なる文を書くつもりです。小説は今年中か遅くても1月上旬には終わらせたいな、と。今作っている曲は、いつ出来上がるか分かりません。今15分を超えました。まだ続きそうです。メタルレビューも1月に入ったら大きく増やすつもりです。……はい、全部「つもり」です。予定は未定であります。というか、開設半年でこの物量なら文句無いだろ?と開き直ってみたり…。


教訓 (12/26)
努力すれば必ず思い通りの結果になるとは限らない。ただ、結果を生み出さなくても糧にはなる。世の中はきれいごとだけでは動かず、一つの命題に一つの真理があれば、同時に同じ命題に一つの矛盾も存在する。知識は土台にしかならず、その上に知恵を築ける人間が強い。必要なときに怒れる人間がいちばん信用できる人間。真面目なだけでは、頭は回転しない。成功するかどうか迷っていては必ず失敗し、成功を信じて飛び込めば成功する。………すべて浪人時代に学んだこと。

ネーミング (12/26)
サイトに全く関係のない話題を書くための「おバカ掲示板」ですが、この名前はやっぱりどうかな?と思いました。「雑談掲示板」だと、実に普通で面白みがありません。「非モテ掲示板」だと、私とK氏の独擅場となってしまいます。「まったり掲示板」も考えましたが、C氏のスパイ疑惑で全然まったりしていないときもありますので、いかんです。「もぐら掲示板」はどうかなと思いましたが、語感だけで選んだ物であり、何がどうモグラなのかさっぱりなので却下。「おたべ」ネタのように(6/28の世迷い言参照)「やさしく書いて♪」にしようかなとも思いましたが、いかんともしがたく……さて、どうしましょ?

タバコ (12/26)
タバコを1箱1000円程にしようなどと言う動きがあるようです。確かにこの値段だと、未成年の喫煙は減るでしょうな…ただ、財源としてのタバコ、そして簡単な増税が行える場としてのタバコの地位は、そうは簡単に崩せないと思われ、この至極まっとうな動き(喫煙者からすれば許されざる動きかも知れないが)は、成功する確率皆無でしょう。


戦後教育 (12/25)
TVで、なぜアメリカがテロを受けたのか理解できないバカ家族が出ておりました。しかし、ブッシュ政権への支持率なども見るに、多くのアメリカ人は、今回のテロの根本的原因を理解できていないような気がします。基本にあるのは、自らを世界一の国だと考える驕りと、弱者・敗者への関心・配慮のなさ。それを考えると、日本人ってのは両方を理解しうるバランスの取れた国民なような気もします(自分たちが攻撃されたらどうなるかは分からないが)。戦後教育を卑屈だと見る向きもありますが、この点に関してのみ考えれば、敗者・弱者である自分をとことん認識させた戦後教育も、無意味ではなかったように思います。

きれいごと (12/25)
やっぱりあったらしい、船を沈めたことに対する抗議デモ。そいつらに銃撃を浴びせてやりたいものです。それでも反撃をしなかったら、納得してやるけど。

オカマ (12/25)
今日仕事から帰ってきたら、部屋を母親に掃除されてました。自分でやると言ってたのに……非常にありがたいんですけどね。ただ、問題は掃除した後の母親の発言で、私に向かって曰く、「なんでエロ本の一つや二つもないの?」………ママン、私に何を求めているのでしょうか?もしかして、非モテの私に対して心配のあまり「あんた、オカマじゃないでしょうね?」という疑念を抱いてらっしゃるのでしょうか?というか、昨日お会いしたあろま様・のえる様姉妹にも、オカマ疑惑をもたれた瞬間がありました。非モテからオカマへと華麗な転進をしてしまいそうな、COZY(クリスマスに用事無し)であります。


怖い人 (12/24)
あろま様・のえる様、遠路はるばる名古屋までお越し頂きありがとうございました。私の方も若干緊張しておりまして、滑らかなトークが出来なかったことを、心苦しく思います。お二人ともおきれいで、「美人姉妹」という呼び名にふさわしい方々でありました(こう言わねば殺すと脅されたわけにあらず)。しかし、彼女らの話を聞きますれば、私は怖い人というイメージを持たれているようでありますな。なにかがあれば、すぐに説教をしそうな、という。確かに世迷い言では好き勝手ほざいておりますが、基本的に「人は人、自分は自分」という感覚がありますので、意見や考え方が違うくらいで説教することはありません。私は寛容でおおらかな人間なのですよ……誰も信用しないか。

ペンギン (12/24)
見ましたよ。実物のペンギン。ヤツらの動作のすべてが、私の心を魅了いたしました。やはりペンギンを飼わねばなりますまい。というか、義務感を覚えてしまいました。マジで、ペンギンの飼育係になろうかと迷ってしまったことを、ここに白状いたします。ペンギンを枕にして眠りたい……しっとりしているだろうけど。

一色 (12/24)
街はクリスマス一色。流れるBGMはクリスマスソング、道路脇にはイリュミネーション。まったく、いつから日本はこうもキリスト教に染まってしまったのでしょうか。いや、染まっているわけでもないのに祝っているから、違和感を感じるのでしょう。歩きながら、爆破したい欲求を抑えるのに必死でした。道行くカップルを鈍器で殴りたい衝動にも駆られました……泣いてもいいですか?

改革の評価 (12/24)
小泉首相の改革は、確かに政治に関心を持たせたことと改革へ向けて一歩前進させたことは評価すべきでしょう。ただ、そこを評価することが、小泉首相への直接のプラス評価になるかと言われれば別で、今の状態は「一歩」前進させるくらいでは足りない状況です。今行わねばならないのは、一歩の前進で満足することではないはず。改革の歩を進めた先のヴィジョンは未だ見えてこないし(何のための改革かが分かりにくくなってきている。改革のための改革っぽく見える)、具体的に変化した部分はごく僅かしかなく先送りだらけ。彼に求められるのは自民党政治からの離脱の筈。彼がやっているのは、まだ自民党政治の範疇なわけです。


呼び名 (12/23)
ネット上の知り合いと実際に顔を合わせるとき、最も困るのが呼び方。本名通りかそれに近いHNの場合はいいのですが、そうでない場合戸惑ってしまうことがあります。人気のないところならまだしも、人混みの中で呼ぶのはちょいと気がひける場合があるのですな。私の場合、HNとほぼ同じ本名ですが、やはり語尾が伸びるか伸びないかでちょっと気恥ずかしさを覚えたりします。というわけで、来名される某漫才姉妹には、「非モテ連合総司令」と呼ばせるつもりです。……こっちの方が恥ずかしいか。

沈没 (12/23)
船が沈みましたな。こっちが攻撃受けたのですから、沈めても当然。これで、「やりすぎだ」とか騒ぐきれいごと野郎どもは、正当防衛という言葉を知らないのでしょうかね。これを「侵略だ」と騒いで宣戦布告したら、それはやりすぎでしょうが。アメリカがアフガンでやったことは、後者ですな。

節操無し (12/23)
世迷い言の体裁は、思ったことはジャンルに関係なく書けると言うことで、我ながら非常に良いアイディアを思い付いたものだと感心しております。ジャンルを絞っていたらとても書ける物ではないし、またジャンルを絞らなかったからこそ、これだけ幅広く扱えたわけで。日記を書いたことがない私ですが、とりあえず半年もちました。あとどれだけもつでしょうね?人ごとのように心配しております。それまでに、新しいメインコンテンツ考えておかなきゃ…。


暴動 (12/22)
アルゼンチンが大変なことになっております。日本の不景気・財政問題に似たような問題が起こり(向こうの方が深刻ですが)国民が暴動を起こしていますが、問題の規模や民衆の生活の苦しさを差し引いたとしても、同じ危機にあるはずの日本はやはり平和だなと思ってしまいます。政治の失敗のツケを食らっても暴動を起こさず、立ち直れないくらいなのに暴動することなく死を選ぶ民族なわけで、死ぬくらいなら暴れたれ!という感覚はないようですな。まぁ、日本人ほど平和を愛する民族は他にいませんから(対外戦争を殆ど行っていない珍しい国なのですよ、日本は)。

無知 (12/22)
PCのパーツ交換は楽々行える。ウィルスに関する知識もある。簡単なプログラムなら打ったことがある。おそらく自作でパソコンも作れる。そんな私と渓二郎師が、職場で携帯を睨んで「どうすりゃいいのか分からーん!」と叫んでいる様は、別の先輩にも奇異に映ったらしく、「悩むな、君のイメージが狂う」と一喝。こと携帯に関しては、流れに乗り遅れたおじさん状態であります。そんなわけで、電話番号とメアドの通知は控えております。だって、使い方が分からないんだもん。待ち受け画面はどうすりゃいいんでしょう?……諦めてマニュアル読むか。

議員 (12/22)
長野県議会の視察、ヨーロッパ14日が200万とな。相場の10倍くらいですわ。で、飛行機はビジネスクラス、やったのはライン川のクルージングやセリエAの観戦、システィナ礼拝堂見物(俺も行きてぇ!)。しかも行った議員のおっさんは「エコノミーだと病気になるよ」とか「税金使うも何も、そういう仕事なんだから当然でしょ」などとおほざきあそばす。タダで海外旅行が出来るなんて、議員って本当にいいもんですね。


祭り (12/21)
おバカ掲示板にも書いたが、2ちゃんでとんでもない祭りが開かれております。「TIME」の「TIME's Person of the Year」へのネット投票で、「田代まさし」への投票を呼びかけ、しかも「野村沙知代」をトップ10入りさせようという壮大な計画です。今日の昼に某サイトの雑文で知ったのですが、11時で4位だった田代さんは、現在一位を独走しています。向こうで大ニュースになり、2ちゃんが世界的に注目されるかも知れないと言う状況です(ほんとか?)。TIME誌は捏造雑誌ですので、いくらでもやっていただきたいものですが、これがきっかけに2ちゃんが潰れるようなことになったら、それこそ非常にいいネタでありましょう。しかし世の中にはとんでもない厨房が揃っているものだ…。

携帯 (12/21)
3年前から同じ携帯を意地になって使っておりましたが、サイトでお世話になっているA女史に「うちで携帯買わなかったら撲殺して伊勢湾に沈めるぞ、オラァ!」と脅されたため、ようやく買い換えに至りました。しかし、PCもそうですが、携帯の方も流れが速いのですね。10年前に「マウスなんてものがあるのか!?」とか6年前に「PCにCDドライヴが付いてるのか?」と叫んだ、アナクロな驚きと同じような感情を抱きました。興味のない分野にはとことん暗い私としては、文明開化の音がする思いであります。

呆れ (12/21)
いろいろ言いたいことがあるが、言えないのはつらいのう……自己を見つめ直す暇がないのか、その頭がないのか…。

予定 (12/21)
月並みですが、今年のベストアルバムについて年末に書こうと思っています。ただ、それほど枚数を買っているわけではないので、ちょっと趣向を変えてやってみるとは思いますが…。ついでに、各年代の名盤や、私にとってのベストプレイヤーについても書こうかなと思っとります。12/25が暇だからねぇ…皆がクリスマスを祝っている間に、わしは更新祭りじゃ。


任務 (12/20)
最近、他のサイトの掲示板に行く頻度が減っていますし、世迷い言以外のコーナーの更新も止まっていますが、その理由は曲作りをしているというのが一つであります。しかも、今までとは違い楽器で音取りをすることなく、ほとんど直接PCに打ち込んでいるので、時間がかかっております。音感を鍛えたいというのと、楽器というフィルターを通さずに直接音を表現したいというのが理由です。それに曲が長いんですな、今11分を超えたあたりです。ただ自分で言うのもアレですが、今回は非常に良くできた物になりそうなので、それのアップで更新の不足を許していただけたらこれ幸いであります。

ききちがい (12/20)
平仮名で書くと「き○がい」みたいだ。さておき、耳が悪いのか、耳から脳への回路がイカレているのか、聞き間違いが非常に多いです。最近だと、ニュースで「テロ組織アルカイダ」と言っていたのを「エロ組織」と聞き違え、コートの下は真っ裸のおっさんが何千人と集まり拳を振り上げ勝ち鬨を上げるという、世にも恐ろしい光景を想像し、かなりいや〜んな気分になりました。普段使っている言葉や聞き慣れた言葉は認知しやすいもの(英会話などでよく感じますな)。脳内辞書の優先順位によって、聞き間違いが起こるのでしょう。ということは、私の頭の中では「テロ」よりも「エロ」の方が優先順位が高いということになり、非常にゲンナリした気持ちになります。

QUEEN (12/20)
このバンド、フレディ=マーキュリーかブライアン=メイを思い浮かべる人が多いと思います。確かに前期だとこの二人が中心と言えますが、特に後期においては、私はジョン=ディーコンの存在を重要視したいと思います。彼の個性的なベースラインが、QUEENの音楽性の重要なキモだったと思うのです。彼は、確かに技術的に凄いというわけではないけど、ジミー=ペイジと同じような見方で評価すべきベーシストであり、彼への評価は過小評価だと思います。………あ、ロジャー=テイラーのこと忘れてた(彼の曲は好きですけどね)。


 (12/19)
順調に何事もなく生きていると、自分の考えは形成されないと思われます。問題や困難にぶち当たったときに、はじめて自分の考えの大元は何なのか考えたり、様々な概念の定義付けを行うものだと思います。失敗・問題・困難に対して真正面からぶつかれば、考え方に深みが出てくるわけで、若い頃の苦労は買ってでもしろというのは、確かにその通りかも知れません。ただ、精神的苦難が連発したせいで偏狭な定義付けばかりやってきた私のような人間もまた問題なのでしょうが…。

宗男ちゃん (12/19)
鈴木宗男ちゃんを選んだ北海道民、もしネタで選んだのだったら素晴らしい。マジで選んだのだったら救いようがない。行政改革について話し合うべき場で、「クマ」の話をし出すそのバカさ加減。この人はどうでもいいことにかみついて来ますな、アホの坂田みたいな顔して。彼はアフガンに派遣しましょう。そして洞窟を探索させるのです。そしてある程度働いてもらったら、機械無しで手探りで地雷の撤去を行ってもらいましょう。いくつか成功したらそれはそれでよろしいし、爆死してもらえばそれまたおめでたい話でありましょう。

 (12/19)
私の好きな動物を並べると、犬は別として、もぐらやペンギンなど、丸っこい産毛の生えたヤツらばかりです。ペンギンには特に目がありません。私の夢はペンギンを飼うことであります。ペンギンを枕にして寝てみたいのです。ペンギンを枕に、手にはふかふかのもぐら、庭には鵜、なんと贅沢な生活でありましょう。