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 (3/30)
花見でバーベキューなどすな、ボケ。桜並木の屋台で、イカ焼きなど売るな、タワケ!
桜のほのかな香りが楽しめなくなるだろうが!

悪戯 (3/30)
http://homepage.ntlworld.com/robbiekhan/cupholder.htm

兵法 (3/30)
現代戦って、中世までの戦争と方法論はどれくらい違うのだろう。武器が違うとかは分かるのだが、補給・情報の重要性は変わらないと思うし、軍を伸ばしすぎると防衛しづらいとか、敵の一方は空けて攻めるべきだとか、「孫子」に記されているようなレベルの兵法は、今でも通用するのか。
イラクの戦争について考えるときに、三国・戦国マニアであるゆえにどうしても「三国時代や戦国時代での兵法」というフィルターを通して分析しようとしてしまう。勿論通じる部分はあるとは思うのだが、それが全て正しいというわけではないだろうし、自分の見方が正しい側に近いのか間違っている側に近いのか、よく分からない。

とりあえず、上記のフィルターでイラク戦争を見ると、まずい面ばかりなのだが。

ゲームのような戦争 (3/30)
「ゲームのような戦争」とかいう形容が、よくTVで使われているが、遺体の映像や捕虜の映像が流れているのに、それでも「ゲームのような」と言い張るのか。確かに、その場所にいないのに映像のみが飛び込んでくるのは、ゲーム的感覚かも知れない。湾岸戦争の時は、凄惨な映像は殆ど無かったから、その形容も理解は出来た(違和感はあったが)。だが今回は、(勿論その場所にいるほどの現実感はないが)戦争の悲惨さを伝える映像は多く流れている。それを「ゲームのような」と捉えるのは想像力がなさ過ぎではないか。
勿論、ゲームのように捉えようと思えば捉えられるものであるのは確かだ。しかし、それは「捉えようとするから」そう見える物であり、本来そう捉えてはならない物ではないのか。ゲームと戦争、根本が全く違う。行為の結果がまったく異なる物であるのにそれを同質であるかのように論ずるのは、危険極まりない発想だ。


プロ野球ニウス (3/30)
昨シーズンに続いて、「プロ野球ニウス」を今回も始めました。
とりあえず、今のところ「スタメンの打順」を追加しました。今後、余力があれば「HR」や「順位」「松井情報」なども載せていくつもりです。さらに余力が有り余っていれば、「グランパス情報」をアップしていく可能性もありますが、その可能性はサハラ砂漠に雨が降る確率よりも低いと言わざるを得ません。

10-2効果 (3/30)
最近、過去倉庫からトップページに飛んできている方の数が多い。おそらく、FF10のページが過去倉庫に眠っているからだと思われるが、10-2の情報を期待して飛んできた方には、ちょいと申し訳ない気も。まぁ、前作のように何らかのページを作ることは出来ないことはないけど、できれば昔のように気楽にゲームやりたいってのもあるし、何より需要の絶対数が少ない。攻略ページはそれこそ掃いて捨てるほどあるし、最新情報を得たいのなら2ちゃんに行けば(探しにくいのは確かだが)どのサイトよりも早く情報を入手できる。うちは、勿論人様の役に立てれば嬉しいが、基本的には拙者の気ままに運営しているサイトゆえ、(目的とは別の所で)気に入ってもらえればリピーターになっていただきたいし、そうでなければ見捨てて下さい、というスタンス。
今年に入ってから一層気ままにやっていますが、これ精神的に楽ですわ。

 (3/30)
 人間の盾、まぁ死にたかったら死ねという気もしないでもないですが、これ、考えようによってはイラクにとっても迷惑かも知れない。日本はアメリカを支持、すなわち日本もイラクにとっては敵国であり、そこの人間がいくら「反戦のため」と叫んでも、イラクからしたら「もしかしたらスパイではないのか」と思ってしまうのではないか。実際、外務省が安全確認の連絡を頻繁に取ると、そのように見られてしまい却って危険だという話を聞いたことがある。イラク側も、扱いに困るんじゃないかと。
 もう一つ、人間の盾があかんと思うのは、彼らがいくら頑張っても、それは結局フセインの手助け以外には何の役にも立たないと言うこと。軍事施設にいるのなら、民間人だろうが人間の盾だろうが容赦なく爆撃しますわ、普通。で、もし爆撃して死んだら、アメリカが悪い、ってことになる。まぁアメリカは悪いのだけど、じゃぁ仮にアメリカが撤兵したとして、フセイン体制をどう解決するのか。そこまで考えている盾の人間はいないだろう。話し合い、と言うのならどう話し合いをするのか教えて欲しい。

 なんだかですな、思考が停止しているように見えるのですよ。反戦の思想はいいんだけど、なら代替案は?となると、納得いく答えは返ってこないんじゃないか、と。勿論、アメリカに荷担して「戦争やむなし」と唱える側も、皆が皆考えているとは言わないけど。それに、何もしないより行動する方が、よほど意味があるという考えも理解できるのだけど。でも、そこまでしてフセインを助けたいのか、と。意図はどうあれ、そうなっているのは事実だし。


いろんな人がいますな (3/28)
仕事で失敗するのは、場合にもよるが結局は許せる。手を抜くのも、まぁ気分は良くないが、その人のやり方と言うことで我慢できないこともない。しかし、やっていないことをやったかのように吹聴し、それでいて人が少し仕事してないことを愚痴り、人に物を頼むのも当たり前…というのはなかなか我慢できない。しかも自分ではなく、別の人が迷惑被っているのを見ると、客観的に見える分だけやりきれない。
ま、世の中いろんな人がいるわけだけども。しかし、何でウソで塗り固めようとするかね…。

個人的説明責任 (3/28)
 人それぞれの考え方や感性があるから、それぞれの意見はある意味、どんな場合でも正しいことになる。だからこそ逆に、自分の意見の主張には、なるべく「どこが、どんな風に」という根拠の提示が必要になる。いくら主観による判断が許される分野でも、「生理的に」とか「なんとなく」だけで押し通しても、結局は「同じ」感性の人間しか理解できない。要するに、馴れ合いにしかならないわけだ。輪の外から見る人間からすれば、そういう事実は認識できるが、理解などは到底できない。「個人的に」という主張を押し出している時点で、他者の批判も理解も全てシャットアウトしているのと同じことだから。
 勿論、理屈を述べていても(私のように)独りよがりな意見は存在する。しかし、自己の考え方や感性から話題なり交友関係なりなにがしかを広げようとするなら、(それが例え奇妙な論理であろうとも)何らかの説明を付け加えて行かねば、空虚な物になってしまうだろう。そうでなければ、結局は「好き嫌い」の二元論でしかものごとが成立しなくなってしまう。

進歩 (3/28)
触手が自分で動かせるエロゲが出るらしい。


 (3/26)
FF10の漢はアーロン。
今作はメイチェン。
というか、ラストのバトルの、「悪あがきだ」だけで満足させてくれる、アーロン最高。
というわけで、とりあえず「あの」エンディングを見るために、2度目クリア。暇人、わし。

古尾谷 (3/26)
けっこう好きなタイプの役者だったのに…彼の出る作品を追いかけていたわけではないが、彼の映像が出ると、思わず見入ってしまう、そんな人だった。
いろんなことに真剣になりすぎる性格だったのかな…

占領後が怖い (3/26)
湾岸戦争時よりも少ない兵力しか動員していない、今回の戦争。30万に満たない兵力でイラク全土をどうやって掌握するつもりなのだろうか。南部での抵抗にかかずらうことなく、異様とも思えるスピードで首都方面へ地上軍を展開させたのは、まさしく「フセインの首」が目標であるからだろう。ただ、軍が縦に伸びきっているのを見ると、補給や占領後防衛にどれだけ力を割いているのか、疑問は尽きない。
アメリカの苦戦は、むしろフセイン打倒後のような気もしてきた。ゲリラの抵抗は、フセインが死ぬと同時に収まってくれるのか、現段階での自体が予想とは違う流れで来ているだけに、楽観視は出来ないだろう。
しかし、今イラクで行われているのは地上戦、つまりは太平洋戦争中の沖縄のような状態に、今のイラクはおかれていると言うことになる。圧倒的兵力を用意してのみ戦争に臨むパウエルドクトリンを採用しなかったのは、アメリカにとっても失敗であったろうし、イラクにとっても悲劇だ。


国連 (3/25)
アメリカの単独行動を許してしまったことに、「国連の危機」とか言う意見を時に耳にするが、それはどうかなと思う。
考慮しうる理由・見方には二つあって、ひとつは、所詮、二次大戦の最中に作られた、つまり戦後の枠組みを考慮しないままに作られた「勝ち組かつ大国の利益のための組織」であり、それゆえにもとより限界が存在していたという見方。もう一つは、アメリカに従うことなく、国連という場においては大国の思惑通りにはことが運ばなかった、ゆえに国連の独自性という意味ではそれを伸ばせるか否かが重要である、と言う見方。
私としては、どちらかと言えば前者の考えが強かったりするのだが、いずれにせよ、今この時点で国連の危機を叫ぶのは、少し違うのではないかと思う。

酷いな (3/25)
 昨日「勝ち方」であんなこと書いたら、今日ニュース番組の多くで「アメリカの思惑通りに進んでいない」とか、その内容とうちの文の内容が合致していて、それだけで妙に嬉しかったりする小市民な拙者です。
 というか、犠牲者出しすぎ。内部工作、実は全くやっていなかったんじゃないだろうか……そこまで見越して反戦デモに参加されていた方、拙者の方が甘かったですわ。というか、これほどアメリカが下手な戦をやるとは思わなんだというのが正直なところ。案の定、地上軍の進軍速度は止まった。いや、もしかしたら、これから「イラク兵の大量投降」となるのかも知れないが…。
 市民はフセイン政権に抑圧されていた、というこれまでの見方も誤りではなかったかと思わせるような事実が、次々と発生している。戦時中の報道には平時以上に100%は存在しないため、結論を急ぐわけには行かないが、どうも私の予測とは全く違う方向へ進んでいる(私ごときが推測するのも烏滸がましいとは承知だが)。おそらく、アメリカの予想とも異なるだろう。ブッシュは思いこみが激しいので無視するとしても、皆が皆「思いこみ」で行動していたのではないか。すぐにクーデタが起こるだろう、たくさん投降してくるだろう、市民は歓迎するだろう、大した抵抗はしてこないだろう…。私の思いこみは、「事前の工作が万端整っており、99%予測通りにことは進む」ようにアメリカが行動したという前提であり、さらに私ごときの思いこみは何の影響力もないため、無害と言えば無害だが、アメリカの思いこみはいろいろな意味で痛すぎる。逆にこの事態が予告通りであるならば、なおさらアメリカの罪は重い。

間違い? (3/25)
私は反戦思想も非戦思想も持ってはいないが、戦争のやり方にはうるさい。この考え方は間違っているのだろうか。


江畑 (3/24)
江畑謙介氏、2ちゃんでもけっこう人気なようで。
そりゃ、暗闇の中でも、アフターバーナーで飛行機の機種を言い当てるくらいだから、信用性は高い。さらに、彼が書いた本は、難解な用語で特定の人間しか相手にしないような文ではなく、素人でも分かりやすいというすぐれもの。
髪型だけが問題だが、軍事語らせたら、彼の右に出る物はいないのではなかろうか。

X-2 (3/24)
強烈なファンでない人は、買わない方が無難です。
悪い言い方すれば、「ミニゲームの集合体」です。戦闘のみは高く評価しますが、「ストーリーのFF」などと思っている方は、絶対に買わない方がよろし。「システムのFF」と思っている方も、キューティーハニー好きでなければ買わない方がよろし。
個人的には「悪くない」と思えますが、客観的に考えようとすれば、「だめぽ」でございます。好き嫌いがはっきり別れるので、お勧めなどできようはずもありません。

勝ち方 (3/24)
 生物化学兵器を使え、できればクルド人に…そう思っているのでは無かろうか、アメリカは。国際世論の反発は日増しに強くなり、さらにはイラクに捕まった米兵捕虜の映像が流れたり、米兵の処刑という情報まで入ってきている。アメリカ都市部の反戦ムードは更に濃くなるだろう。イラクの生物化学兵器、或いは大量破壊兵器を使用すれば、戦争の大義名分が分かりやすい形で現れる。
 地上軍の進軍スピードを考えると、決して難儀している様子ではなさそうだが、アメリカの考えている通りに作戦が進んでいるかどうかに関しては疑問がわく。というか、「フセイン打倒」を名目にしているならば、これまでにこのページで述べたように「戦わずして勝つ」方策を採るべきで、その面から言えば既に失敗し始めているような気がしてならない。おそらく、「夏将軍」の影響を受けないように、電撃戦を敢行しているのであろうが、ちょいと力攻めに過ぎるきらいがある。投降兵は周辺地域で出ているだけで、中央の精鋭部隊には造反の動きは見られない。国際世論を説得できなかった(といよりできなかった?)時点で、戦略的にはまずかったと思われるが、戦術的にも稚拙な印象を受ける。
 このような戦争の仕方には、反対。戦争とはこういう物?確かに。しかし、戦火を交えることだけが戦争ではない。実際に戦う前に、戦争は勝敗が決している。特に今の強すぎるアメリカには、勝ち方をも要求すべきではないか。


戦争 (3/21)
 戦争の是非は脇に置くとしても、戦わずして勝つのが、戦争のあるべき姿だろう。私は、アメリカのイラク攻撃に関して、「犠牲の殆ど伴わない、内部崩壊を助長するような攻撃を行う場合」に限定して、アメリカの行動に賛成してきた。だが、そうはうまくいかないらしい。事前の内部工作が十分だったか、疑問だ。フセインのみが犠牲者、という戦争はきれいごとに過ぎなかったのか。
 やはり、始まってみると、戦争はイヤなものだ。フセインを抹殺するという目的に例え大義名分があるとしても、「人を殺す」ことを目的とすることに、違和感と嫌悪感を覚えるのは確かだ。戦争に全面的に賛成したり、逆に反戦を盲目的に考えることが出来れば、どれほど気楽なことだろうか。
 しかし、反戦を訴える人の中に、フセインの国外逃亡を訴える人がいないのが不思議でならない。アメリカが戦争を起こすのは確かにおかしい。しかし、フセインの独裁もまたおかしいのではないか。

説明責任 (3/21)
 ブレア英首相の会見、その内容の是非はともかくも、国民の説得という義務を全うしようという姿勢が伺えて、好感が持てた。反戦を訴える意見を挙げ、それを否定していきながら持論を広げる、賛否はともかくも理解はしやすかった。そして、このブレアへの評価は、同時に私達の首相のスットコドッコイぶりを晒す。「ちゃんと説明している」などと自己弁護しているが、「説明」という言葉の意味が分かっているのかすら疑問だ。

不謹慎 (3/21)
だからよぅ、人がゲームを楽しんでいるときに戦争やっているヤツらの方が、よっぽど不謹慎だってばさ。


平和主義 (3/20)
 真に平和を望むのであれば、例えばフセインが政権を握るその前に、外交努力や内部工作などでその芽を摘んでおくべきだった。フセインという男が政権を握ったことが、ある意味現在の戦争の究極の原因であろうから。ヒトラーの時も、ナチスが権力を握る前に、共産党が社会民主党(だったかな)と手を組んでいれば、問題なかった。スターリン(=コミンテルン)が共産党に、社会党系をナチスよりも重要な敵と位置づけたがゆえに、ヒトラーの台頭が許された。
 やみくもに戦争に反対するのが平和主義者の取るべき行動ではない。将来の禍根となるような人物・国家の登場を防ぐべく、様々な情報を収集し、常に先回りするような行動を取るべきではないのか。すべての戦争と名の付く物に反対するのならば、そういった行動を示すべきだ。デモすれば済む話ではない。

 さらに言えば、イラクの飛行禁止区域では、湾岸戦争終結後も、米英による空爆は行われている。今年だけで、30回以上も行われたはずだ。それにはなぜ反対の行動を示さないのか、疑問でならない。

ホットメール (3/20)
Hotmailに来る、「Hotmailスタッフ」からのメールを受信拒否することは、可能なのか、道徳的に許されるのか…

2周目 (3/20)
懲りずに2周目やってます。適度に脇道に逸れながら行っております。どうしても彼を見たいので…。しかし、これコンシューマゲームとしてはどう評価されるんだろ。コアなPCゲームマニアには軽く見られるだろうし、コンシューマのライトユーザだと取っつきにくく感じるような。
しかし、面白くもないミニゲームは入れないでほしいな、ミニゲームの質が、7以降どんどん下がっていっているだよ。ギャンブル好きとしては、狼レースははまっちゃったけど。
以下ネタばれに付き、伏せ字で。
ティーダの存在が、シューインのことをモデルにした祈り子の夢であるということは分かった。しかし、「10-2」と銘打つならば、それをメインのストーリーでもっと前面に出しても良かったんじゃないかと思う。ティーダが出ることに関しては賛否両論あるだろうけど、「続編」となればそれはもう運命的な物で、出さざるを得ないと思う。期待する方が普通の考え方で(私は出して欲しくない方だったから続編というアイディアはあまり好ましく思わなかった。しかし出れば出たで、ティーダを探してしまう)、3人野郎のエンディングなどを見たら「金返せ」という感じになるのではないか。
まぁ、ティーダエンディングをお楽しみにすることで、「やりこみ」が楽しくなるのは事実なのだが。あぁ、なんかスクウェアの術中にはまったような…。


そういや、キューソネコカミは使えるねぇ。

今日の一言゚∀゚) (3/20)
嫌われたらどうしよう、などと思っているようでは、友人にしろ恋人にしろ、まともな付き合いは出来ない。


またまたFF X-2 (3/18)
 戦闘に関するシステムについて。
 掲示板にも書きましたが、狭義での戦闘システムは、個人的には好きだったりします。敵の攻撃をこちらの攻撃で回避したり、連続で攻撃を与えるとダメージが倍加したり、細かい部分だと、エフェクト中はウェイトモードに切り替わる物が一部あったり、数字の量がFFっぽくないけど、総合的には流れも良くて、気に入った。
 問題はドレスフィアシステムで……マスターになった特典がないのが痛い(まだ見つけていないだけなのかも知れないが)。FF5で言う「すっぴん」が存在すると、マスターにする意味も出てこようが、これではせいぜい「アイテムを盗みたいときにシーフになる」のと「SPドレスにチェンジするため」だけにしか使えない。低LVでゲシゲシ進む割にはHP回復にやたら気を遣う方なので(ボスとのバトルではヘイスト・リジェネ・プロテスをまず使いあとは毎ターンHP回復)、白魔法を他のドレスでも付けられるようにしたかった(これに関しては、そういうリザルトプレートがあるようだが、ほかのアビリティでも出来るようにしたい)。というか、5のシステムをそのまま持ってきた方が、面白いゲームになっていたような気がする。

イラク情勢 (3/18)
 いよいよ開戦の様相を呈してきた、イラク問題。そして、反戦運動も世界的に高まっているわけですが、この反戦運動に参加している平和主義者は、ならどうしたらよいのか、を考えているのか。仮にアメリカが戦争をやらないことになったとして、ではフセインの脅威はどう解決しようというのだろうか。話し合いですか?
 アメリカの傲慢さは鼻持ちならない、それは私も感じている。だが、アメリカの威圧以外に、フセインを野放しにしない良い方法があるのだろうか、と考えてみると、何もない。「査察で何とかすべき」と言われても、今イラクが(多少)査察に協力的であるのは、アメリカの圧力が大きく寄与しているわけで、決して平和主義の声がフセインに届いたからではない。
 かと言って、私は戦争に賛成しているわけでもない。アメリカの圧力が、イラクの査察への強力を導いたという事実があり、アメリカに攻められる時間を少しでも先延ばししようと言う意図から、査察に多少の効果が見られたのだ。そしてもし開戦と言うことになれば、イラク国内で反フセインの気運が高まり、開戦の宣言からイラクにいる外国人や国連職員の脱出が完了するまでのタイムラグの間に、何らかの変化が現れるのではないかと言うことを、私は期待している。要するに、建前上開戦してしまったとしても、事実上の開戦(バグダッドなどへの空襲)をすることなくフセイン政権を転覆させるシナリオが存在するのではないかと思うのだ。もしかしたら、アメリカはそれを考えているのかもしれない。
 確かに、フセイン政権転覆自体が「内政干渉」だという向きもあろうが、何も考えずにただ反戦を訴えるよりは、遙かに現実的な選択肢ではないか。ナチスドイツに対する宥和政策の末に、フランスは占領され、イギリスは爆撃を受けることになった。話し合いなどと言う穏和な解決策だけで、物事は解決しない。「冷戦の哲学」の枠内にとどまっていると批判されるかも知れないが、ならば具体的にどうすればいいのか、教えて欲しいものだ。アメリカが開戦という脅しの手段を使い(査察では、これまでに明らかなようにフセインは完全には屈しない。問題を先送りするだけだ)、結果的に戦争を起こすことなくフセインを退陣させる。これ以上のシナリオはあるのだろうか。そして、「実際に爆撃はしない」かつ「話し合いで解決できない問題を解決させる」という点において、今回の事案は北朝鮮対策にも適用できる。
 
 仮にフセインが亡命しても、なおアメリカがイラクに戦争をふっかけたならば、その時ははっきりとブッシュ政権を非難する、「戦争を手段ではなく目的にする大バカ政権」と。

平和主義 (3/18)
 今世界中に広がる反戦運動を、そのイデオロギーの部分で批判することはしたくない。というか、私も戦争には反対だ。太平洋戦争の日本の例のみならず、数々の映像に残されている「戦争の被害を受けた一般人」の姿を見て、何とも思わない人間はいない。むしろ、実は「兵器の恐ろしさを知っている軍人」こそ、戦争の恐ろしさを理解しているはずだ(この意味でも、ヴェトナム戦争の兵役を逃れたブッシュはちょいとヤバいのではと思えるが)。
 だが、政治は理想だけでは動かない。隣家に銃マニアがいて毎日武器を磨いている、そして何度注意しても一向にやめる気配がない…そんな状況でも、平和主義者は「話し合い」での解決を模索するのだろうか。政治では、そういうことがもっとリアルに大規模にドラスティックに起こりうる中で解決を考えねばならない。確かに理想を見据えた政治は必要なのだが、それだけでは「リアリスティックな政治家のいる他国」に利用されるだけだ。
 他人に何度も喧嘩をふっかけるような人間に対し、多くの人は「法の裁きを」と考える。しかし、それが国家というレベルになると、「話し合いを」となる。確かに国家レベルであるが故に、罰に関して犠牲者が多くなるからという見方もあろうが、同時に「喧嘩」によっての犠牲も大規模になる。「もっとも平和的な手段」ばかり主張するのではなく、現実的選択の中から、「より平和的な手段」を選ばなければいけないのが、現実というものではなかろうか。


またFF X-2 (3/17)
とりあえず、ストーリーは50%しかコンプリートさせてませんが、クリアしました。LV40ほどでしたが、SPドレスを使ったらかなり楽にクリアできました。時間はかかりましたが。
で、シナリオに関しては、エンディングにも数種類あると言うことらしいので、全てコンプリートしたうえで結論を出そうかなと思ってますが……いまのところ、エンディングはあまり…という感じ。やはり、いろんなイベントをこなさなきゃいけないようで。
ゲームシステムについてですが(戦闘に関するシステムではなく)、このような自由度の高いシステム、多くのFFファンには違和感があるかも。ネットゲームやパソコンのRPGをやったことがない人には、何をしたらよいのか分からないとか、イベントが単発だとか言う不満が出てくるでしょう。私も、はじめのうちは、「これまでのFF」で考えていたので、違和感ありましたが、このゲームがどういう性質の物か理解したら、その点に関しては不満に思わなくなりました。シナリオを追うだけでないFFもアリかな、と。

いちばん不満なのは、野村だったりします゚∀゚)


FF X-2 (3/15)
プレイ時間およそ11時間、story Lv.は4になったばかり。LVは22くらいです。
はじめの頃は、はっきり言って「何じゃこら」ってな感じ。ストーリーが単発で、「システム的にも面白みのないルナティックドーン」という雰囲気だった。ドレスフィア(ジョブみたいなもん)も、使い勝手が悪く、基本的に同じドレスフィアで通すことになっている。ただ、プレイ時間が8時間を超えた辺りから、少しだけ「FFっぽさ」が感じられるようになってきて、「ここからやっと面白くなるのか」と期待していたのだが、また何だかよう分からん、脈絡のないイベントでゲンナリ。
というか、冒頭でまずひくな、ありゃ。

マスターしたドレスフィアのアビリティは、別のドレスフィアでは使えないってのが鬱陶しい。わざわざドレスチェンジなんてしたかねぇんだよ。

もひとつ (3/15)
あと、音楽はやっぱり植松じゃなきゃいかん。


無からの創造 (3/13)
創造にしろ想像にしろ、無から生み出すことは不可能だ。妖怪を想像するといい。どんな化け物であろうと、必ず「何かを元にしている」か、「幾つかの要素を複合させた物」であるはずだ。無からの想像・創造はあり得ない。
例えば小説の場合、決して若い小説家の方が想像力溢れる楽しい小説を書けるとは限らない。勿論感性の若さも重要なファクターであるが、若いから想像力が豊かであるとは限らない。想像の源泉は現実世界であり、(感性という要因を除いて考えれば)経験が豊富であるほどに想像は豊かになっていくものだからだ。つまり、感性を若いまま保っていけば、年齢を重ねるごとに想像力は豊かになっていくものだ。
かように、創造には元が存在するわけだが、ただの「合わせ技」では芸がない。というか、元の方を楽しんだ方が有益だというのが、音楽というジャンルに思われる(他のジャンルもそうかもしれぬが詳しくないので知らぬ)。要するに、合成ではなく、化学反応を起こさせねばならないということ。最近のミュージシャン、ただの合成に満足しているだけの輩が多すぎる。

FF (3/13)
一応マニアとして、これより修羅に入ります。
しゅんすから、ジョブシステムっぽいよと言われたために、俄然期待が高まっちゃってるし。FFに関しては、もはやゲームとしての完成度を無視して楽しめるようになってしまっている。クズ野郎ですな。


音楽と言葉 (3/12)
音楽好きな人、或いはミュージシャンに特に多いと思うが、「言葉よりも音楽の方が説得力がある」とか、「言葉では表現できない物を音楽で表現する」とか、言語に対する音楽の優越性を主張するような言質。確かに、言葉で全てを言い表すことは不可能で、感情の起伏は音にした方がよりダイレクトに伝わるとは思う。だが、言葉の力を軽く見たくはないと言うのが私の考え。だいたい音楽がかほどに優位な物であれば、曲に歌詞を乗せる意味がなくなってしまう。安易な物言いかも知れないが、音と言葉が融合したときの力という物を信じたい。だから、曲を作るときでも、(いくら趣味に過ぎないとは言っても)詞にも大きく力を傾ける。私にとって、曲は一つの物語。伝えたい言葉を、音に乗せてより強力にしている、というイメージだったりする。

テリア嫌いの本音 (3/12)
戦争しても誰も反対しないだろう、だから兵隊をイラク周辺に送ってしまった。しかし、いざ戦争しようとしたら案外と反対する声が多い。でも、一度派遣してしまった兵隊を戻すことはできない。せっかく派兵したから戦争しなければ引っ込みが付かないけど、反対意見が多いからどうしようか……というのが、案外、今のアメリカの本音だったりするかもしれない。というか、政府はどう考えているか知らないが、ブッシュの思考回路だったらその程度じゃないのか?引っ込み付かないなぁ、くらいにしか考えていないかも。

ちなみにブッシュの迷言で、私が最も受けた物の幾つかを。
「私はテリア犬を撤廃するつもりだ」(tariff barriers=関税障壁をterriers=テリア犬と間違えた)
「テリア犬とバリフがなくなれば経済発展する」(barriers and tariffs=規制と関税をterriers and bariffsと間違え)
「テリア犬やならず者国家に、我が国や同盟諸国に対する敵意を持たせるわけにはいかない」(terrorists=テロリストとテリア犬を間違え)
テリア犬、大悪役゚∀゚)


表・教育論 (3/11)
 あんまり大層な論はぶてないが、考えてみるに、大きな目的は国民の均質化と学者・専門家の要請にあると思われる。
 国家体制を維持する際、国民においてある程度のコンセンサスが必要となる。民主主義の重要性を理解していたり、平和主義を国是とするに抵抗無いような国民の要請が必要。さらには、国家運営に関しては民度という物が重要で、国家全体の教育水準=知的水準が高ければ、国家運営もしやすくなる。法律などを新たに施行する時に、それが理解できない人ばかりではどうしようもない。国が行う様々な施策に対し、それを理解し、従うことの出来る素地を形成しておく必要がある(反対意見は存在するかも知れないがそれに建設的意見を言うにも知的レベルは高い方がよい)。また、或る特定の教科に長い年月取り組ませることで、努力することを覚えさせることもできる。勤勉な国民の割合が高ければ、経済発展などにも有効である。
 もう一つの目的について。基礎教育を施した後、それに関して優秀である者には、高等教育が施され、さらにその中から特定の学問の専門家が生まれる。科学技術の発展や経済発展には、学者や専門家の存在は必要不可欠であり、そのような人材を生み出すため、高等教育の裾野を広げる必要がある。多くの人間に高等教育を施すことが出来れば、専門家の出現度合いもそれだけ上がる。
 国の発展を考えるならば(この「発展」の定義も曖昧ではあるが…)、教育は確かに重要な項目となる。大衆教育が高等であればあるほど、国の発展に寄与する可能性が高まるためである。

裏・教育論 (3/11)
 おそらく、「教育」の目的(学ぶ側ではなく空くまで教育する側の立場)を問われれば、多くの場合上のような答えになると思われる。特に明治維新での教育改革は、上のような目的の元に行われたであろうし、名目上は確かにその通りであろう。
 だが実情を考えるに、というか文部省の動きを考えるに、大義名分に隠れた意図があるように感じられることもある。国民全体のレベルを底上げしたいのであれば、なぜ借金まみれで自己破産する人間を減らすべく金融や経済について教えないのか。なぜ憲法九条のきれいごと部分だけを教え込み自衛隊の存在をうやむやにするのか(これについては「意見が多々ある」という問題に過ぎないかも知れぬが)。
 今思い浮かぶ問題点は二つある。
 一つは、上の段落で言及したように、文部省というのは、「国にとって都合の良い人間」のみを養成したいだけではないのかと言うこと。上で書いた目的もそれに合致するが、それ以外に「資本主義の成功者」が損をしないような仕組みを維持するため、国民を欺いていると思われる部分もある。上記の「金融や経済について教えない」という部分もそうだし、「努力すれば成功する」という倫理観もそうだ。資本主義では(資本主義でも)努力だけではどうしようもないことがある。しかし「努力は美徳」と教え込むことで、どう考えても勝ち組になる可能性の少ない層の不満をそらしているのではないか?
 もう一つは、日教組は共産主義的・社会主義的な考えに染まっており(団塊世代が主と言うこともあるわな)、教職員の多くが「盲目的な平和主義」を唱え、現実的な問題を認識できないような者ばかりであることだ。学校の先生で、憲法九条の矛盾を説いたり、日米安保の有効性を説いたりする者がどれだけいるのか。
 二つに共通するのは、きれいごとばかり押しつけるということだ。物事には常に二律背反がつきまとうのだが、教育という名の下に行われるのは、美しい一面のみのファシズムだったりする。知識を蓄えていくうちにその矛盾に気付けば幸いだが、気付かぬまま裏側を見ることが出来ずに過ぎていけば、それは不幸なことでは無かろうか。

で、どうすんのよ (3/11)
 そうは言っても、学校の勉強が無駄であるわけではない。
 物事の二面性を理解しようとした時、学校で学ぶような面も、確かに存在する一面と理解することが出発点となるからだ。自分で考える時の、たたき台にすることができる。当面教育制度は変わらないし、実際今までの教育制度のもとで教育されたのなら、それを生かすより仕方がない。学校での勉強を踏み台にして、自ら知識や考え方を吸収し続ければよい。
 また、学校で習う教科は実生活で役に立たないかとなれば、そうではない。論理的思考力を身につけるには数学や現国はもってこいだし、他の教科も、論理的思考をするためには最低限の情報・知識がいるわけで、それの取得には充分利用できるものばかりだ。さらに、私生活でも必ず役に立っている。「役に立たない」のは「知らないから」言えることで、直接の利益でなくとも、人との会話や、或いは人の意見を聞くとき、或いは娯楽を楽しむ際(漫談などで格言が出たときにその意味が分からねば笑いも分からない)、様々な部分で細かく影響している。知らない人は、その良さを知らぬまま人生を過ごす。それは最も恐ろしいことではないか…と私は思う。
 「教育」の問題は結局「与える側」の問題で、「受ける側」としてはこの環境の中で、それを最大限利用するのがいちばん賢いやり方ではないか。学校教育の枠内で終わってしまうのか、そこから飛び出して新たな価値観を確立するのか。それは結局、一生勉強していくかどうなのかという「受ける側」の姿勢で如何様にも変化するものであろうから。

拙者にとっての教育 (3/11)
 教育って何なのか…私のなかでは、「自分、或いは他人の価値観やものの見方を人に伝えること」と解釈している。一応教育の端っこに関わっている身として、私はいくつかの教科を通して、ものごとへのアプローチの仕方・論理的なアプローチの仕方、さらには雑談の中で世迷い言で書いているような考え方を伝えようとしている。勿論、「正しい唯一の方法」ではなく、あくまで「幾つかある物のうちの一つ」という提示をしているつもりだが。仕事としているから、当然「成績」というのが第一目的には立つが、それだけにとどまっているつもりは全くない。
 学校の先生に関しての問題は、文部省の管轄の元で教育する身であるために、どうしても均質化した教育しか行えないこと(宗教について話せないなどはその好例だろう)。またそのような環境で彼ら自身が教育されてきたために、文部省が管理する以前に彼らが均質化してしまっていることも、また問題だろう。それゆえ、国家による教育は、洗脳だと受け止めることが可能になってしまうのである。
 ただ、教育される立場では、どの価値観を持った人物に学ぶべきかなどは判断できないから(当人にとって正しい判断がその時点では不可能であろうから)、多様な教育システムが確立されていたとしても、また問題は出てくるであろうが…。


CD買えない (3/10)
 はっきり言って、拙者も不景気です。確かに、CD買ったり出かけたりする余裕があるから「世の中の不景気風」とは次元が違うでしょうが、5年前に比べれば余裕が無くなっている。で、買うCDも吟味せねばならない。
 ただ、参考にすべきよすががないので、安全牌で済ませることが多くなってきます。新人バンドに手を出すこともあまりない。ノクタやラプに早速手を出していた5年前とはえらい違い。B!誌のレビュが結局はもっとも参考に出来ると言うことが分かったし(盲信するのではなく利用するという意味において)。2ちゃんでも、あまりに主観的意見が多くて、メジャーでない物に対しての意見はあまり参考にならない。いわゆるメロスピ系のサイトも、私の聴き方とは根本的に音楽への接し方が違うし。「スピードもあってメロディもいい」と言われても「メロディへの評価の仕方」が決定的に違う。上辺だけ綺麗でも、空疎なだけに感じてしまう。
 今の状態は、今まで自分の耳で得てきた情報という貯金を、少しずつ食いつぶしているような状態。冒険なんてしている余裕など無い。もとより保守的な感覚を持ってはいるが、この数年ますます「80年代や70年代」の音源の方がよかった、と思う次第。有象無象のメロディックバンドを買うくらいなら、アニマルズやThe Whoとかに手出した方がよさそうだし。インギートリビュートを買うなんて言う「遊び」は出来なくなった。

Just a Little Sign (3/10)
ハロウィンの新曲聞いたが、あまりパッとしない。なんか一層「音を詰め込みました」って感じで、さらに言えば「全部ごっちゃごちゃになって、わけわかんなくなりました」みたいな。それでいて、キーボードを多用して、上辺だけ綺麗に取り繕っている。すんごく「作為的」な曲。あんな感じの曲がアルバム全編に渡っていたら、またもや駄作扱いしそう…。

国連 (3/10)
「国連」なんて欺瞞に満ちた呼び名で呼ばないで、
ちゃんとUnited Nationsを直訳して「連合国」って呼びましょうや。
そうすれば、第二次大戦の勝ち組が世界を動かしているのだという事実がしっかり伝わるだろうし。


トレカ (3/9)
ソナタアークティカのCDに付いているトレカ。わしのはヤニだったが、これ、要らんぞ。
なんか、ミーハーなファンをターゲットにしているような感覚を覚えて、不快。ライブアルバムのジャケもそうだったが。
レコード会社が「お子さま向けバンド」にしたがっているような向きが垣間見られてイヤざんす。

物作り (3/9)
文体に対する批判、或いは文章の書き方を教えるなどという時に、
それをする側に可能なのは、よりよい書き方を提示することくらい。言い換えれば、「言いたいことを分かりやすく伝える方法」しか言及できない。広義での文体には批判は入れられないんですな(以前にも書いたように)。
なんで、私が文章批判をする場合は、あくまで「その技術的な範囲」に限った話なわけです。まぁ、稀に文体批判を通して人格批判をしたくなるようなことも、ないではないですが。

ただ、小説となると話が別で、文章自体の問題以上に、題材や伝達方法、描写法など細かい部分が話題になります。「誰もそんなに細かい所など見ない」と言う言われ方をすることもありますが、その「細かい描写」の積み重ねが、全体のイメージを作り出すわけです。そんなわけで、拙者は芥川龍之介の描写方法は素晴らしいと思っております。「羅生門」の「にきびの描写」は有名ですな。

こういった文章に関する話は、音楽でも同じだと思います。「よりよい表現法」を批評するしかないことや、人が気付かないような細かい表現が積み重なって全体像を作り上げるとか。絵などもそうなんでしょうかね。人が気付かないような部分をおろそかにしないか否かで、その人の作り上げる物の価値は変わってくるものです。

FF10-2ってタイトル、おかしい (3/9)
FF10-2のTVCMを見た。何パターンかあるようだけど、いちばんはじめに見たのが、ユウナが歌っているヤツ(だったと思う)。何が理由か分からんが、とにかくゲンナリした…。なんだか安っぽいぞ、衣装も含めてな。
今日…というか昨日の真夜中に予約してしまったのですが、はっきり言って期待してないです、はい。せいぜい美麗なグラフィックを楽しませてくれや、ってな感じです。音楽も、ヒゲ植松の曲は少なくなっているようだし、別パターンのCMでティーダが出ていて「なんだかなぁ」という感じだし。10は思った以上に良かった。ストーリーも(鼻につく部分はあったが)PS参入以降では最もまともな話だったし、システム自体は好きではないにしても、クリア後の楽しみがしっかり用意されていたのでその面でも不満はなかった。これを超えるってのは難しいだろうし、そもそも「続編」って考え方が気にくわない。いい意味で予測を裏切ってくれればいいのだが。
今回はほどほどに楽しむことにします。一日5時間くらいのプレイに留めて…。


エロオーラ (3/8)
坂井代議士の逮捕。勿論、1億2千万円という金額にも関心が行くが、こやつの秘書の何ともおっさん好きするようなエロオーラにも興味が。決して美人ではないが、なんか妙な色気がある。私は大嫌いなタイプだが、多くの男が騙されてきたんじゃなかろうか、という感じである。

また大阪か (3/8)
USJで、表示すべき表示がなかったために、菓子を回収し始めたんですと。次から次へと、愉快なところですな。
ちょいと前にハウステンボスが倒産したのですが、よく知られているようにテーマパークはTDLの独り勝ち状態で、バブル期に作られた物はどんどんと破滅の道を辿っております。うちの県にある恵那峡ランドは、一度潰れたあと別会社がみごとに再建させたようですが(アトラクションを他の中古で安くあげているらしい)、珍しい例のようですし。
USJはバブル期に立てられた物ではないので、アホみたいな初期投資はされてないとは思いますけど、あんまり不祥事が続くと当然あとに響いてくるでしょう。また、リピーターを呼びやすい場所なのかも問題です。行ったことがないのでアレですが、あと10年もすればやばい状態になるような気が…。

そういや、四国のレオマワールドはどうなった?

CD (3/8)
やっとソナタアークティカを買った。で、ついでにKAMELOTも入手。
前者は、まだ途中までしか聞いてないが、1曲目はなかなかと思ったが、それ以降次第にパワーダウン。落ち着いた楽曲作りというのは分かるのだが、なんだか鋭さが減少したように感じる。前作についてのレビューにも書いた気がするが、彼らの個性はミドルテンポの曲でこそ開花すると思っている。今作に期待していたのもその部分で、もう少し聞いてみる必要はあれど、今の時点では「悪くはないが、期待ほどでは…」という感じ。特に、今回の作風はメロスピマニアには敬遠されるのではなかろうか…。
次に後者。こりゃいいですな。Voは好みが別れるところだろうが(私は好きなタイプではない)、しかしその表現力は理解できる。Nocternal Rites並にいいな、と思った次第。


やくざ (3/7)
ブッシュになってからアメリカは強硬な態度に出るようになった。そんな意見を聞くことがあるが、ちょっと振り返ってみれば、封じ込め政策や朝鮮戦争にヴェトナム戦争、キューバや中南米への介入。昔からやっていることは同じだったりする。一企業のために、他国の主権を侵害するなんてのも、よくある話。グアテマラの内戦とか。今回もロックフェラー絡みだろうし。
確かに、国益を求めようとする姿勢は、「国益を求めようとしているのかよく分からない日本政治」に比べれば、まだマシと言えるかも知れないが、それでもなお、戦争に大義名分を求めることくらいはやってほしいもの。中国では、2500年前に既にしてそうだった。

しかし、今回の戦いで、日本はアメリカに付いていくのが本当に得策なのか。短期的には利益となるかもしれないが、長期的にはどうだろうか。気分的にアメリカに付いていくのに納得できない人も多いと思う。私も、頭では「ついていくしかないか」と思いつつも、感情では拒絶感は絶大。劣化ウラン弾を「ソフトヒロシマ」って呼ぶような国、応援したくない。

政治の二面性 (3/7)
 私が政治などについて話すとき、やはり現実的であることを優先する。政治が追求すべきは国の利益であり、道徳や倫理に基盤を置く概念はすべて、その利益に適うかどうかというフィルターを通さねばならないからだ。日本を仮想敵国としている国がある中で、全く軍備も持たずアメリカに敵対し、それでも「平和がいちばん」とのたまうのは、丸腰で夜中のダウンタウンを歩くような物。裏打ちのない平和主義を、売国行為という。長期的に国の利益になるのであれば、国民が多少の犠牲を強いられるのは「政治」としては当然だと思うし(また逆にそういったことに対して反対行動を起こすのもまた国民として当然ではある)、他の国が犠牲になっても自国の利益を守るというのも「政治」としては当然と私は思う(ただ他国を犠牲にすることで反感をくらい、長期的に不利益となるのならそれは当然の行動とは主張できない)。
 ただ、これはあくまで理論の上での話だ。感情部分では、そして私生活レベルでは、アメリカの行うやり方は気にくわないし、政治の失敗を我々の犠牲で凌ごうというのも許せない。イラクに対する戦争も、「少数の犠牲でイラク国民をフセイン独裁から救う」とすれば立派かも知れないが、その少ない犠牲にも犠牲者一人一人の悲しみが存在する。要するに、青臭い理想論は捨て去れないでいるわけだ。
 二つの相反する考えが私の頭の中にあるわけだが、これはこれでよいと思う。政治は「理屈として正しいことがもし人の心に反するような物であるなら、それに人々を納得させるような大義名分を用意するべき」ものであり、表面上の理想論と内情の分離は、存在して当然だと思うからだ。きれいごとだけでは、ものごとは進まない。しかし納得するには、きれいごとが必要なのだ。そして、この矛盾に対する葛藤が解消される日が来ることを、諦めてはならない。政治の必然、歴史の必然と「スレた感覚」で語ることは、結局は思考停止を意味する。現実の判断をしつつ、その中で最良の方法を模索し、理想と考えている状態に少しでも近づこうとするのが人間として当たり前の務めであると思いたいからだ。

政治との関わり (3/7)
こういうこと書いてると、「好き勝手に書いてやがるな」と思う向きがあるでしょうな。
確かに、例えば「アメリカの対イラク政策」に関して、署名などの具体的な活動は行っていない。でも、市民活動の行動がなんか違和感があって、そういうのに加わるのにためらってしまうんですな。一応、これだけギャーギャー言っているので、将来は何かしたいと思っているのよ。

しかし、市井の評論家、ってのもアリと思います。政治は、政治家だけの仕事じゃない。うちらに直接関わってくる物なんですから。


米国の森さん (3/6)
ブッシュ妄言録、みたいなタイトルの本を見つけた。ブッシュの名言を集めているのだが、凄まじいとしか言いようがない。
「我々人類は魚と平和共存できると思う」
「ブラジルには黒人はいるのですか?」
「イラクが武装解除しないなら、アメリカがやる」
「確固たる信念を持っている者ならどんな質問にも答えるだろう。私はその質問には答えられない」
「フセインはパパを殺そうとした男だ」
など、挙げればキリがない。他にも、メキシコとカナダが国境を接していると考えていたり、ワシントンとロスが近いと思っていたり、どうしようもない。彼は、アメリカの森喜朗だったわけだ。そんな男に睨まれてしまったフセインも、やりきれなかろう。というか、ブッシュに振り回される国際社会も哀れであるな。そもそも、選挙の不正と機械の不備で当選してしまったあの日が、間違いだったんだろう。

今日のマインスイーパ (3/6)
初級:13秒
中級:87秒
上級:334秒。

忘却の彼方 (3/6)
ハンドルネーム変えようとか言っておきながら、
そのことをすっかり忘れていて、たった今思い出した。
というか、忘れてしまうくらいどうでもいいことのようなので、また思い出す日まで放っておくことにする。
とか言いながら、明日変わっていたりするから油断ならない…とか言ってると、変わることを期待する人もいるだろうから、そこで期待を裏切るのもいいかなとやはり変えることをためらったり、結局自分でもどうしたいのかよく分からないので、とりあえず寝ることにする。おやすみなさい。


帝国主義時代から (3/5)
中国など途上国の安い労働力を使って物を生産し、日本ではそれを消費する。これ、国同士が建前上対等な関係と言うだけで、帝国主義時代の植民地と宗主国の関係と、大して変わらないような気がする。というか、貧富の差の問題、戦争の続発、国際秩序形成の不完全、あらゆる問題が帝国主義時代から解決されていないようにも感じる。そして今回、国連がその存在意義を失うようなことになれば、これまた89年前から何も変わっていないということになる。

大河 (3/5)
今回の大河ドラマ、ダメ。
隠し子武蔵、演技が大仰すぎて見てらんない。締めるべき役割を担うはずのベテラン系俳優も、藤田まことが出ている時点であかん。あの人、本当に大根役者だ。ちょっと前に出てきたうじきつよしの方が、よっぽどいい味を出していた。前作が悪くなかった(とくに秀吉は、なかなかだったと思っている)分、今回は酷すぎる。
やっぱ武蔵は、吉川英治の小説に限る。バガボンド?あんなに迫力のない武蔵読んだって、面白くも何ともない。

「影武者徳川家康」、大河にしてくれないかな。

そういえば、これ2000ネタ目の文だ。

 (3/5)
立会川でボラが大量に出現。で、それを食うべくカワウまで大量に出現。今、鵜がブームなのである。
去年から「鵜」にスポットを当ててきたこのサイト、やはり先見の明があったと言うべきであろう゚∀゚)


解体 (3/4)
決めた。もぐらっ子解体。
「貞観の治」や「あぁ我が青春の日々」、アホなTV欄、日本語ロックなどは、別にコーナーを設けることにして、あとは廃棄処分にすることにす。で、コーナーが実質増えることになるので、トップページも微妙に変化させようかと考えている。思いつきで行動するのが私の性分ゆえ、今回もまた衝動的に動く。空中分解サイトと銘打っているし、別にええだろ。
木曜日辺りに行動を起こそうと思っております。というか、やらなきゃいかんことが大分たまってきておるな、むう。

懸賞金 (3/4)
アメリカの強硬姿勢が、実はイラクの譲歩を引き出そうという高度な戦略だったらどうしようか、と淡い期待というか希望というか妄想を抱いたりしている昨今。日本も、アメリカが戦争したら、支援とイラク復興で何兆も使うことになるのだが、その金をもっと平和的な解決に使ったらどうか。フセインを殺したら賞金3兆円、とか。というか、そんなことしたらイラクの中で大パニックになるだろうと思われるので、ヤメ。

というか、小泉首相の特使として派遣された茂木さん、アジズ副首相との面会もドタキャンされ、未だに誰とも会えず。なんか、自嘲気味に笑うしかないですな。日本、相手にされてないですよ。やはり、宗男ちゃんを送り込むしかないんじゃないですか?北朝鮮に行ってもらってもいいですよ。

思想 (3/4)
思想は必要ではなく、あればいいこともあるかもしれない、くらいの代物。思想を持つことで、その思想に縛られ思考停止になるようじゃ、話にならない。思想の前に、思考を持たねば。右翼とか左翼とかは、その辺のことが理解できていないから、毛が三本少ないのだ。


地雷のお掃除 (3/3)
なぜなのか、先週の水曜からwin付属のマインスイーパにはまり出した。
いまのところ、初級が15秒、中級が103秒なのだが、上級が未だクリアできず。
FFが出るまでのつなぎとして、楽しもうと思っている。案外はまるわ、これ。

警察 (3/3)
困った人を見ても助けないのが警察。民事不介入を原則に、余計な仕事はしないってことだ。個別のもめ事はてめぇで適当にやっとくれ、と。
市民のために働くとか、正義の味方のようなイメージを持っている人も多い警察だが、アレは基本的に、起きた事件を処理するための組織で、これから起きる事件に関しては無関心。人が殺されそうになっていても無視し、なおかつそれを責められると、逆に死者を冒涜して自らを守ろうとするヤツらだ。それほどでもない(けどその人にはけっこうな)問題に関しては、容赦なく無関心だ。「一般の警察官はそうでもないよ」という意見も聞くが、取られて発見された自転車を警察署に取りに行った時、警察官の無礼っぷりにぶちきれて説教かましてきた経験があるので(高校生のくせに)、下っ端でも信用できぬ。


 (3/1)
悩みを相談されて生じる煩わしさや迷惑よりも、
悩みを相談されない寂しさの方が感情としては上だ。

ネット (3/1)
せっかくのインターネットという世界、
もっとインタラクティヴに行こうや。

公務員 (3/1)
間違いを犯しても決して非を認めようとしない。
自分のペースで仕事を続け、客のために急いで何とかしようと言う気を起こさない。
過去の慣習にとらわれて、例外を作り出すことにひどく臆病。
なぜか、偉そう。確かに老後の生活は、勝者だがね。

欲目 (3/1)
自分よりちょいと上と思っている相手は、自分よりずっと上、
自分と同等と思っている相手は、実際は自分より上、
自分より下と見ている相手は、実際は自分と同等、
人間には欲目があって、自分は能力があるように思ってしまうものなんだ、
と確か志ん生が言っていた。