例えば「彼は英語を上手に話せる」という文を英訳する場合、どう表現するでしょうか。
多くの日本人は、「He can speak English well.」とやってしまいますね。しかし、英語圏の人間ならおそらく「He is a good speaker of English.」とやるでしょう。
英語はものごとを名詞で表現することが多く、日本語は動詞で表現することが多いのです。
日本語は、言語として発達する途上で中国から漢字と語彙を取り入れたために、日本語独自の語彙は未発達なままになってしまいました。とりわけ抽象概念などを表す名詞は、漢語を多く借用しています。主に名詞で物事を表そうとすると、漢語ばかりで堅っ苦しい文になってしまうのです。
この「表現上の差異」は常に頭に入れておかねばなりません。なぜなら、「名詞中心で表現された英文」をそのまま和訳しても、「動詞中心で表現されるべき」日本語の文として適当な物にはならないからです。
名詞のみで表現された句、とりわけそこにSV関係が見られるような物を名詞構文と言います。
これでは何のことかよく分からないでしょうから、例文で見ていきましょう。
ex.1 the existence of ghosts
「幽霊の存在」と訳してじゅうぶん通じますが、ここに名詞構文の訳しかたの考え方を取り入れてみましょう。
冒頭に話したように、「名詞中心の英語」から「動詞中心の日本語」にするわけですから、「名詞を動詞っぽく訳す」というのが基本的な理念となります。
さらに具体的に言えば、動詞から派生した名詞を動詞・動名詞のように訳すということです。そして、その元の動詞が自動詞だった場合は、うしろのofを「が」、他動詞だった場合にはofを「を」と訳すのです。
名詞構文の訳しかた
動詞派生の名詞 of A
→(元の動詞が自動詞)……Aが〜すること
(元の動詞が他動詞)……Aを〜すること |
ex.1にこの考えを当てはめてみましょう。「existence」は「exist」の派生語ですので、「存在すること」と訳します。existは自動詞ですから、うしろのofは「が」と訳します。つまり、「幽霊が存在すること」とするのです。
さらに例題を。
ex.2 His love of talking is not limited to private life.
今度は文です。
「彼の会話の愛は私生活に限られない」……意味が分からないことはないですが、「の」が連続していますし、ぎこちない日本語ですね。
「love」は動詞のloveから生まれた物ですから「愛すること」と動名詞訳し、loveは他動詞ですから後ろのofは「を」とします。また、所有格hisは名詞loveの所有者ですが、loveはいま動詞に変えました。動詞の所有者と言うことは……その動作の主語ですよね。ですから、hisは「彼が」という主格になおします。
整理すると、「彼が会話を愛することは、私生活に限られない」。初めの訳に比べれば、はるかに日本語らしい表現となります。
もひとつ応用を。
ex.3 They begin the expression of the personality.
the expression of the personalityの部分を「個性の表現」ではなく、「個性を表現すること」とすればいいのですね。すると、beginのあとに「〜すること」が来ているわけですから、「begin to do」或いは「begin doing」と考えてかまいません。つまり、「個性を表現し始める」と訳せることになります。
さらに、無生物主語構文との絡みでも、名詞構文の概念は利用できます。
ex.4 His height makes him stand out in a crowd.
無生物主語構文の項で扱った例文です。
そこでも書きましたね、「副詞にする際、節の形にする・動詞を入れるのが日本語らしくするコツです」と。だから、「彼の身長によって」ではなく、「彼は背が高いので」と訳しました。これも、名詞構文における訳のコツを取り入れた訳し方だったのです。
和訳の際には、名詞中心でなく動詞中心の訳にする、名詞句ではなく節の形で訳してみる、というのを常に心がけるようにしましょう。
|